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地上10mのウィスパーボイス



明日は待ちに待った学園祭がやってくる。
体全体が『わくわく!』って気分を伝えてくれる。普段とは違う、異様ともいえる空気に包まれた早乙女学園で、あたしはテーブルの設置を手伝っていた。

「明日の演目、聞いた?」
「うんうん。講堂で日向先生と林檎ちゃんが何かするんでしょ?」
「そう!絶対見に行こうね!」

向こうで作業している女生徒の会話が聞こえてくる。へえ、面白そう。彼を誘ってみようかな。
ふと浮かんだパートナーのことを考えながら作業を終えると、先生から声がかかった。

「名字さん、このお茶を一ノ瀬君に持って行ってください」
「あ、はい」

まったく、やることが次から次へと沸いてくる。けどそれも、嫌いじゃない。だって、なんだかんだで楽しいもんね!
ちゃぷちゃぷと麦茶を振りながら、トキヤさんのいる中庭へ向かう。
中庭に人はいない――ただ一人を除いては。中央にはでっかいやぐらが組まれていて、その上で黒髪を綺麗に跳ねさせたぶっきらぼうな頭がひょこひょこしていた。頭から仏頂面を読みとれる人なんて、トキヤさん以外にあたしは知らない。やぐらの高さは大体10mというところだろうか。生徒のカラオケ大会や、学園長のパフォーマンスに使われるらしい。なかなか年季が入っているため、トキヤさんがしているみたいに補修が必要なんだとか。
すうう、大きく息を吸い込んで、

「トキヤさあああん!」

そう叫ぶと、トンカチの音が止み、代わりにひょこりと仏頂面が顔を出した。

「はい。何ですか、名前」

静かにそう声を落としたトキヤさんの返事は簡素だった。日々の発声で鍛えた耳心地の良いその声は、決して張り上げたわけではないのに、なぜか離れていてもよく聞き取れる。
それは、あたしがトキヤさんの声が好きだからだろうか。クールなんだけど、その奥には優しさも垣間見える、そんな響き。これで恋を歌われるのだから、世の女子は黙っちゃ無いだろうなあ。
もしも、ただ自分だけを見つめられたまま甘く囁かれたなら…。

「名前?」
「あ、んと、上がるね!」

う、うわ!あたしはいったい何を考えているのか。頭をぶんぶんと振って想像を追い出し、梯子を上っていく。

…10mは無謀だったと、やっとの思いでてっぺんに着き、気づいた。
はいお届け物です、と息を切らせてお茶を出せば、のどが渇いていたのかごくごくとそれを飲んだ。

「お疲れ様でした」
「ぜえ、はあ、と、トキヤさんこそね」

腕にも足にも疲労物質が溜まっている。ぺたりと彼の横に腰を下ろして、ふうとため息をついた。「飲みます?」「遠慮します」差し出されたペットボトルに首を振って、空を見上げてみた。

「何だか、空が近いね」
「たかだか10mではそんなに変わりませんよ」
「もう、現実主義者」

トキヤさんも休憩することにしたらしく、トンカチを置いてこちらを向いた。

「本当に、疲れました」

呟いて、そっと肩を抱き寄せられる。本人曰く、あたしのサイズがぴったりなのだそうだ。ぬいぐるみ感覚かと問いたい。ただ、こうやって接触するのは嫌いではない。むしろ好きだ、と思う。だから大人しくされるがままの状態になって、「へへ」と小さく笑った。

「そうだトキヤさん」
「はい」
「明日、講堂の出し物、見に行こうよ。先生ズが出るんだって」
「………………」

きゅっと、肩を抱く力が強まった。
…ん?どうしたんだろう。
しかしあたしはさして重要だとも考えず、「そういえば」と続けた。

「一十木くんとか翔ちゃんも何かするんだよね」
「…名前」
「見に来てって誘われひゃう!?」
「…………」

…調子外れの声を出してしまったのには、ちゃんとワケがある。
肩をつかんでいたトキヤさんの手が腰に回り、さらに強く抱き寄せられたからだ。
何を、と尋ねる前に、変に官能的な手つきで腰から太股までを撫でられ、たまらず力が抜けていった。
え、な、何だろういったい。
後ろから体を覆われた状態。吐息も間近な耳元で、どこか大人っぽい彼の声が呟いた。

「今は他の男を考えてほしくないというのは、我が儘でしょうか」
「は…ぅっ」

トキヤさん。
そう呼ぼうとした口からは、かすれた声しか出なかった。鼓膜を震わせたトキヤさんの甘い響きが、まるで脳髄まで溶かしたみたいだ。
さわり。トキヤさんの右手が、スカートの先に伸びた素足に触れ、体中に電流が流れたみたいにびくりとなった。

「可愛いですよ…」

そう囁くトキヤさんは、あたしが見たこと無いくらいに『男性』だった。
何を、突然。
さすがにそれを聞きたいのだが、ちゅ、と軽いリップ音を鳴らされ、「ひっ!?」と詰まった声を出す。

「私だけを見てください、名前」

力が入らないため返事を返せないでいると、少し低くした声で再び名を呼ばれ、素足に触れた手が優しくそこを撫でた。
抱き締めるように腰に腕を回し、あたしを固定しているもう一方の手にも力が入り、なんだかもうわけがわからなくなってくる。
それでも、こうされること自体は、何故だか嫌じゃなかった。

「ひぅ…は、はいっ」
「よろしい」

耳内をぴちゃりと舌が這った刺激であたしは声が出るようになり、返事をする。
満足げなトキヤさんは両手であたしを抱きすくめ、少しの間肩に顔をうずめていた。
…緊張で、まったく動けない。

「名前」

再び耳元で鳴る甘美な響きに、もう学園祭どころではない。
耳たぶに薄い唇が押しつけられ、意識がとびそうになる一言が放たれた。

「愛しています」



地上10mのウィスパーボイス


そんなの、反則だよ。
君のことしか、考えられない。


――――――――――――

「Drop」あき様への相互記念捧げもので、「変態トキヤ・学園行事絡み」でした!
正直変態というよりデレデレなだけがします…
しかも行事と変態絡んでないし。

力及ばないとは思いますが、よければ持ち帰ってやってください。

あき様、今後ともよろしくお願いいたします!


2011.10.21






bkm



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