ギフト | ナノ


ほしのかけら



がやがやと騒がしい雑踏の中、俺はある場所を全力疾走で目指していた。
時間を確認すると、約束の時間を30分もオーバーしている。まずい。あいつは几帳面だから、きっと待ち合わせ前から待っているはずだ。
それに、この人混みの中で、変装しているはずのあいつをすぐに見つけられるかという問題もある。

(それでも、すぐに見つけてやるのが男気だ)

たとえ姿がいつもと違っていたって、あいつは変わらずあいつなのだから。
恋する相手を間違えるなんて、できねえよな。

『新発売、たっぷりチョコダイス!皆、食べてみてくれ!』

電気屋の表に置かれたテレビが、一斉にあいつのCMを映し出す。

名前はアイドルだ。二年ほど前にインテリ系天才アイドルとして売り出された、可愛い顔立ちと蓮っ葉な口調、そして年齢にそぐわない賢さを武器に、大ブレイク中の人物だ。
縁あって知り合った彼女からメールで今日がオフだと聞き、デートに誘ったというわけである。

今は単なる学生にすぎない俺だけど、いつかはアイドルになって、あいつの元へ行きたい。

名前を好きになってからは、学園の授業にもいっそう熱が入ったし。

(よし、着いた)

息を切らして角を曲がれば広場があり、真ん中の噴水で約束をしている。
同じく待ち合わせなのだろう、着飾った女の子がたくさんいて、わかりにくい。
それでも。
俺の目は、一瞬で彼女を捉えていた。

「――名前!」

キャップを被り、秋らしい色合いで地味目なファッションをした名前は、読んでいた本から顔を上げた。






俺のデートプラン。
とりあえず大きな商店街でウィンドウショッピング。

「名前、これなんかどうだ?」
「おお、いいな。『私』のイメージとは程遠い服装だ」

嬉しそうにするポイントが違う!
いかにもふわふわ系女子だな、と楽しそうにする名前をちょこんと小突く。

「そうじゃなくて、お前に似合いそうだって言ってるんだよ」
「ふわふわが?」
「ああ」

そうかなあ、と呟きながら、服をディスプレイしたガラスから離れて再び歩き出す。

「まあ、翔がそう言うなら、そうかもな」
「間違いない。今度着てみろよ」
「『今度』も、誘ってくれるかい?」
「…当たり前だろ」

変装のため眼鏡を外した名前の顔は、直視できないくらい可愛い。インテリなイメージを吹き飛ばすいい変装なのだが、こうして見つめられると思わず鼓動が速まってしまうのだ。

「ありがと」
「お、おう!…次はどこに行く?あ、あそこのCDショップとかさ」
「CDか…私はあっちの古本屋に行きたいな」

俺たちが指さしたのは、向かい合った二軒の店。
じゃあ古本屋に、と言い掛けると、名前が「それじゃ」と言って俺に背を向けた。

「20分後に、この看板な」
「は?」

待てよ、と伸ばした手は空を切る。名前は既に店の中へ消えていた。

…デート、だよな?

心の中で何度も確認するが、確かにそのはずだという答えしか出てこない。

(デートって、別行動してもいいんだっけ)

とにかく、20分後には出てくるはずの名前を待つために、俺は別の店に入っていった。







紙袋を抱えて、名前はほくほくとした表情で店から出てきた。

「翔よ、私はもう満足だ」
「いい本があったのか?」
「さながら秋の大収穫祭だったよ」

…まあ、名前が嬉しそうなら、それに越したことはないけどさ。
男のプライドを回復すべく、俺は名前が提げた紙袋をそっと奪う。

「ん?」
「重いだろ。持つよ」

名前と反対側の手にそれを持ち替え、そのまま勢いに任せて名前の手を握った。
柔らくてほどよく冷たい、その掌。
びっくりしたように呆けた彼女を引っ張って、再び散策を開始する。

きゅっと指を絡めると、名前の力も込められて、心臓がどくんと脈打つ。

「ふふ」

ちょっと恥ずかしかったけど、名前が楽しそうだからいいかな、なんて思ってしまった。









それからとにかくあちこちに、興味あるなし関係なく、ただ二人で居ることが楽しいのだと共通の思いを持って、色んな店をのぞいてみた。
おもちゃ屋ではしゃいだり、カフェで甘いものを食べたり、ゲームセンターで勝負したり。

「楽しかったよ、翔」
「ああ、俺様もだ」

それでも、別れの時間はやってくる。
いつしか太陽はだいぶ西に傾き、『さよなら』の到来を告げていた。
商店街から外れたデパートの屋上で、俺たちはベンチに腰掛けていた。

「次の休みとか、わかるか?」
「いや。…年末にかけては、何かと忙しかったと思うな」
「…そっか」

次に会える日なんて、わからない。
この一瞬の尊さをふと悟って、俺はポケットから小さな包みを取り出した。

「名前、これ」
「ん?」

目をぱちくりさせる名前に、開けてみろと促す。

「…これ…」
「お前に似合いそうだと思ってさ」

別行動の20分間にこっそり買ったプレゼント。
小さなブレスレットを、名前は信じられないような面もちで手のひらに乗せた。
星の欠片みたいな装飾が随所に施されている、シンプルな腕輪だ。

「つけてみろよ」
「…うん」

そっと名前の顔をのぞき見る。左手首に通したそれを、愛しそうに見つめていた。

「ありがとう。大事にするよ」
「おう」
「今までもらった中で、一番嬉しい贈り物だ」

柔らかく笑った彼女の言葉に応えるように、ブレスレットをした左手をそっと包み込んだ。



それから、エレベーターで一階まで降りる。
休日ということもあって、親子連れからカップルまで、様々な人が詰め込まれた。
一番奥にスペースを確保し、名前を壁際に立たせ、その前に俺が立つ。

何階かにつき、どやどやと人が乗り込んでくる。エレベーターは既に飽和一歩手前という感じだった。

どん、と背中を押される感触。

ばん、と名前の顔を挟むように、壁に手をつく。

目の前にある、名前の顔。

眼鏡を通さないで、その澄んだ瞳が俺の視線と交わって。

「………………」

どちらからともなく、自然と距離が縮まって。

周囲の音も、無重力の感覚も無くなって。


俺たちは、エレベーターの隅っこで、そっと唇を重ねた。


しゃらん、と。
贈ったブレスレットの星飾りが、音をたてた。


ほしのかけら


いつか、アイドルになって、
必ず君を迎えにゆくよ。


――――――――――

柚葉様へ捧げる、相互記念夢です!
柚葉様、ありがとうございました!

『街中デート』とのご要望でしたが、如何でしょうか…(どきどき)
こんなに長くなってしまいました。

お気に召さない場合は突っ返しても構いませんので!


柚葉様以外は持ち帰り厳禁です。

2011.10.09






bkm



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