★
安らぎを二人で
収録が終わり、疲れた体をまっすぐ部屋へと連れて行く。ただしその部屋は俺のじゃなくて、大事な大事な彼女のなんだけどね。
「名前ー」
呼びながら、預かっていた鍵で扉を開ける。名前の部屋のにおいは、すなわち名前のにおい。鼻をくすぐる柔らかな香りは、疲れ切った俺をほのかに癒してくれた。
「音也くん、おかえりなさい」
「うん、ただいま」
ぱたぱたと玄関に出てきた名前を、後ろ手にドアを閉めた後軽く抱き締める。すっぽりと体の中に収まった名前は、ぴくんと反応を返したが、それだけだった。
初キスを果たしたあの日以来、俺は更にスキンシップの密度を上げていった。あれから一ヶ月、その甲斐あって、名前も俺と接触することに大分慣れてきたようで、今ではこんな風にぎゅってすることも可能になった。それでもまだ恥ずかしいらしく、ほら、心臓の音が伝わってくる。
うん、すっごく元気が湧いてきた。
「よし、充電完了」
「お、お疲れさま、でした」
体を離すと、顔を真っ赤にした名前がそんな意味不明の言葉を告げ、台所に向かう。
「今日は何?」
「スパゲッティだよ」
俺は上着を脱いでソファに投げ出した。いつものように席につき、テーブルにひじを突いてせかせかと動き回る名前を観察する。
俺が贈ったエプロンを身につけ、右に左にせわしなく動く。その懸命さがもう可愛くて可愛くて、もういちど抱きしめたい衝動にかられた。
…なんか、新婚さんみたい。
みたいじゃなくて、いつかは実現させるつもりだけどね。
うーん、やっぱり今日はここに泊まろうかなあ。着替えなんかは常備させてもらってるし。並んだ歯ブラシをみると、こう、甘酸っぱい気持ちがむくむくと起こってくる。
あ、でも断じて青少年を逸脱する行為に及ぶ気はないから、安心してほしい。…って、誰に言ってるんだろう、俺。
「音也くん、テレビつけて」
「あ、うん。何チャンネル?」
名前の告げた数字は、確かこの時間はバラエティをやっているはずだ。
「あ」
それはわざとか偶然か、俺たちがゲストとして呼ばれた番組だった。自分の姿がテレビに写っている感覚にも、大分慣れた。
「はい、できあがり」
「うん、ありがと」
名前の声にテレビから目を離して、皿を受け取ろうとした。
「…名前?」
「……むう」
すると名前はぷくりと頬を膨らませ、どんとお皿を置く。どうしたの、名前。そう言って手を引こうとすると、するりと逃げられた。
テーブルの向かいに座って、むっつりとテレビを見ている。
テレビ?
俺もそちらに目をやると、思わず声が漏れた。
「あちゃあ…」
何で覚えてなかったんだろう、俺。
テレビに映された映像は、女優さんたちが俺の髪を珍しがって触り放題しているものだった。
「楽しそうだね」
「い、いやいやっ!」
名前の冷ややかな言葉に、ぶんぶんと首を振った。今は空腹なんてまったく問題ではなかった。俺は名前の隣に移り、抱き寄せようとした。
…腕で阻まれたけど。
「名前」
「きれいだよね、あの人」
向こうを向いたままの名前の頬は依然として膨らんでいる。『待て』をされた犬みたいな気持ちになる俺。
正直、名前がやきもちをやくなんて思ってもみなかった。実はちょっと嬉しかったりする。だって、それだけ名前も俺のことが好きなんだよね?
俺はあいにく人間だから、『待て』を無視することだってできるんだ。
「名前!」
「え、わぁっ」
突き出された腕を強く引っ張って顔をつかみ、強引に唇を合わせた。
キスの頻度はそう多くはない、その中でも格段に一方的な、長い口づけを送る。
「んぅ…っ」
「ぷぁっ」
そして、酸欠寸前まで感触を味わった後、俺は唇を離した。息を切らしながらも抗議の目を向けてくる名前を、今度は抱きしめる。
「名前」
「むう…」
髪をなでながら、そっと囁きかけた。
「こんなことしたいのは、名前だけだから」
「……ん」
「俺が好きなのは、名前だけだよ」
「…わたしも、音也くん、だけだから」
だから、と呟いて、名前はぎゅっとしがみついてきた。
安らぎを二人で
「冷めちゃうから、早く食べてね」
そう言って身を起こした名前は、やっぱり真っ赤だった。
――――――――――――
15000を踏まれたミライ様に捧げます!
「ロマンスより早く」の続きでやきもちやいちゃう甘ということでしたが、どうだったでしょうか。
キリ番を踏んでくださり、ありがとうございました!
これからも「みづのおと」をよろしくお願いいたします。
2011.11.13
bkm
▲top