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安らぎを二人で



収録が終わり、疲れた体をまっすぐ部屋へと連れて行く。ただしその部屋は俺のじゃなくて、大事な大事な彼女のなんだけどね。

「名前ー」

呼びながら、預かっていた鍵で扉を開ける。名前の部屋のにおいは、すなわち名前のにおい。鼻をくすぐる柔らかな香りは、疲れ切った俺をほのかに癒してくれた。

「音也くん、おかえりなさい」
「うん、ただいま」

ぱたぱたと玄関に出てきた名前を、後ろ手にドアを閉めた後軽く抱き締める。すっぽりと体の中に収まった名前は、ぴくんと反応を返したが、それだけだった。
初キスを果たしたあの日以来、俺は更にスキンシップの密度を上げていった。あれから一ヶ月、その甲斐あって、名前も俺と接触することに大分慣れてきたようで、今ではこんな風にぎゅってすることも可能になった。それでもまだ恥ずかしいらしく、ほら、心臓の音が伝わってくる。

うん、すっごく元気が湧いてきた。

「よし、充電完了」
「お、お疲れさま、でした」

体を離すと、顔を真っ赤にした名前がそんな意味不明の言葉を告げ、台所に向かう。

「今日は何?」
「スパゲッティだよ」

俺は上着を脱いでソファに投げ出した。いつものように席につき、テーブルにひじを突いてせかせかと動き回る名前を観察する。
俺が贈ったエプロンを身につけ、右に左にせわしなく動く。その懸命さがもう可愛くて可愛くて、もういちど抱きしめたい衝動にかられた。

…なんか、新婚さんみたい。

みたいじゃなくて、いつかは実現させるつもりだけどね。
うーん、やっぱり今日はここに泊まろうかなあ。着替えなんかは常備させてもらってるし。並んだ歯ブラシをみると、こう、甘酸っぱい気持ちがむくむくと起こってくる。
あ、でも断じて青少年を逸脱する行為に及ぶ気はないから、安心してほしい。…って、誰に言ってるんだろう、俺。

「音也くん、テレビつけて」
「あ、うん。何チャンネル?」

名前の告げた数字は、確かこの時間はバラエティをやっているはずだ。

「あ」

それはわざとか偶然か、俺たちがゲストとして呼ばれた番組だった。自分の姿がテレビに写っている感覚にも、大分慣れた。

「はい、できあがり」
「うん、ありがと」

名前の声にテレビから目を離して、皿を受け取ろうとした。

「…名前?」
「……むう」

すると名前はぷくりと頬を膨らませ、どんとお皿を置く。どうしたの、名前。そう言って手を引こうとすると、するりと逃げられた。
テーブルの向かいに座って、むっつりとテレビを見ている。
テレビ?
俺もそちらに目をやると、思わず声が漏れた。

「あちゃあ…」

何で覚えてなかったんだろう、俺。
テレビに映された映像は、女優さんたちが俺の髪を珍しがって触り放題しているものだった。

「楽しそうだね」
「い、いやいやっ!」

名前の冷ややかな言葉に、ぶんぶんと首を振った。今は空腹なんてまったく問題ではなかった。俺は名前の隣に移り、抱き寄せようとした。
…腕で阻まれたけど。

「名前」
「きれいだよね、あの人」

向こうを向いたままの名前の頬は依然として膨らんでいる。『待て』をされた犬みたいな気持ちになる俺。
正直、名前がやきもちをやくなんて思ってもみなかった。実はちょっと嬉しかったりする。だって、それだけ名前も俺のことが好きなんだよね?

俺はあいにく人間だから、『待て』を無視することだってできるんだ。

「名前!」
「え、わぁっ」

突き出された腕を強く引っ張って顔をつかみ、強引に唇を合わせた。
キスの頻度はそう多くはない、その中でも格段に一方的な、長い口づけを送る。

「んぅ…っ」
「ぷぁっ」

そして、酸欠寸前まで感触を味わった後、俺は唇を離した。息を切らしながらも抗議の目を向けてくる名前を、今度は抱きしめる。

「名前」
「むう…」

髪をなでながら、そっと囁きかけた。

「こんなことしたいのは、名前だけだから」
「……ん」
「俺が好きなのは、名前だけだよ」
「…わたしも、音也くん、だけだから」

だから、と呟いて、名前はぎゅっとしがみついてきた。


安らぎを二人で


「冷めちゃうから、早く食べてね」

そう言って身を起こした名前は、やっぱり真っ赤だった。


――――――――――――

15000を踏まれたミライ様に捧げます!
「ロマンスより早く」の続きでやきもちやいちゃう甘ということでしたが、どうだったでしょうか。


キリ番を踏んでくださり、ありがとうございました!
これからも「みづのおと」をよろしくお願いいたします。

2011.11.13






bkm



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