薄桜鬼中編 | ナノ


僕らには今しかないのだと



「で、平助。なんか進展あった?」
「進展って、何のだよ」
「決まってるでしょ、名前ちゃんだよ」

部活も終わり、日課となった購買の前での雑談で、総司がにやにやしながら聞いてきた。

「そんなすぐに仲良くなれたら苦労しねーし」
「確かに。四年間片思いだもんね。そろそろ五年かな?」

くそ、にやにやすんなよ!一くんに視線を送れば、ゆっくりと深く頷いて、

「俺は恋愛には疎いが、まあ頑張れ」
「あ、一くん、自覚あったんだ」

もてるくせになかなか告白されないのもそのせいかもね、総司はレモンスカッシュを傾けながらそう言った。

「へえ、意外だな」
「総司は今日も呼び出されていたな。また断ったのか?」
「もちろん。好きじゃないんだから当然でしょ」
「その台詞聞く限り、フりかたが酷そうなんだけど」

女の子の心に傷を残してはいないだろうか、とちょっと心配になる。笑顔でさらりと言ってそうだから尚怖い。昔からだよな、このいじめキャラっぷりは。
総司に可愛い時代とか、あったっけ。

「平助は?」
「ん?」

昔を思い返しながらいちごミルクをちゅーと吸い上げる。と、話題が俺に移ってきた。

「平助は告白とかされるの?」
「うーん…数回あったかなぁ。あ、中学の卒業式は三人に告られたな」
「じゃあ、割ともてるんだね。で、結果は?」
「…わかってるくせにさ」

だから、そのにやにやを止めろってば。
中学校の卒業式、告白してくれた子たちはみんな「せめて」って学ランのボタンを欲しがってたけど、結局あげなかった。一番あげたい人が別にいたからだ。
そしたらその帰り道で、名前は泣きはらした目で学ランを見て、

『誰も欲しがらなかったのか、平助のボタン』
『なっ、別に…』
『かわいそうだからあたしがもらってやろう。ほれ』

俺はそれに吸い寄せられるかのように第二ボタンを外して、手のひらに乗せたんだった。
名前、まだ持ってんのかな…。

「何にやにやしてんの平助、気持ち悪いよ?」
「んなっ!にやにやでお前にケチつけられたくねえよっ!」

やっぱり、あいつが好きだと、そう思う。










「くっそー、総司の奴…」

今日は練習試合だった。んで総司と当たった。すると並んで面を付けているときに、奴はこんな条件を持ちかけてきた。
『負けた方は休憩の時に体育館裏の水飲み場を使うこと』

「あの鬼ヤロー!」

体育館と剣道場は、校舎を挟んで反対側になる。休憩は10分で、剣道場と体育館との往復にも10分くらいかかる。だから全力で水を飲みに行かないといけなくなるのだ。水を飲まないって選択肢は無い。そんなに余裕保てる部活じゃ無いし。

「走りにくいんだよーっ!」

そして当然のごとく負けたので、袴で全力疾走をしているというわけだ。だって万が一にも勝てたら、総司が全力疾走するはめになってたんだぜ。乗るしかなかったんだ。
見えた、あそこだ。目的地を視界に入れ、俺はちょっとずつ減速をした。

「名字さん!」
「!?」

しかし水道に飛びつこうとしたところで、思わず身を引っ込める。体育館の角を曲がった先に、二人の人物を見つけたのだ。
しかも何だって、名字さん?
名前じゃねえか!
水飲み場に行けば、二人に気づかれてしまう。だから俺は動けなくなる。
そっと人物を見極めるために覗いてみると、案の定名前がいて、その前には真っ赤な顔をした同じクラスの奥富が立っていた。
俺まで緊張してしまう。好きな奴の告白現場なんて見たら誰でもこうなるに違いない。う、受けたり、はしねえよな?

「お、俺。高校に入って、名字さんに一目惚れしたんだ。よかったら、その、付き合ってください」
「え…」

うわ、不快感がすごい。
名前の表情は見えない。けど、ふるふると首を横に振ったのだけはわかった。
ほっとしたのも束の間。

「ごめん。あたし、ちゃんと好きな人がいるから」


……え?

どくんと、心臓が信じられないくらい大きく脈打った。
どくどくとうるさいこの音で、気付かれはしないだろうか。

名前に、好きな奴?


「…やっぱり、か」
「え?」
「いや。…ダメもとだったから、気にしないで」
「…嬉しかった。それは本当だよ」
「うん。……あの、聞いてもいいかな」
「え?」
「名字さんの好きな人って、やっぱり――」

聞きたい。いや聞きたくない。こんな所で、そんな。告白もしてないのに結果がわかっちまうのか!?
次いで聞こえた名前の声は、しかし予想の斜め上を行くものだった。

「――なんで、みんなわかるんだろうね」
「すごく楽しそうだから。名字さん」
「うん。あたしの好きな人は、昔からずーっと一緒にいてくれた、優しい人だよ」
「…そっか。ありがとう」

…休憩時間なんて、とうにオーバーしていた。水を飲むこともかなわず、俺はきびすを返し、再び全力疾走で剣道場に戻っていく。

俺、総司、一くん。

昔から一緒ってことは、この中の誰かしかいないだろう。

名前が好きなのは、誰なんだ。
俺は走りながら、昨日名前が言った言葉を思い出した。


「…何物も変わらずにはいられない――か」


僕らには今しかないのだと

全身で、それを知ってしまったから。


――――――――――

ぴんと来る方もいるかもしれませんが、奥富くんは絶体絶命都市2から持ってきました。
いい名前だよね!人名じゃないけど!

2011.10.02






bkm



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