薄桜鬼中編 | ナノ


歩む道が違えたら



購買へ昼飯を買いに行くと、新八っつぁんに会った。

「よう平助!」
「ああ、新八っつぁん」

ごった返す人の波をかきわけて、新八っつぁんがいるパン売り場へ行く。大食漢だけあって、新八っつぁんは両手に山のような菓子パンを抱えていた。

「弁当じゃなかったっけ、新八っつぁん」
「今日は作るのを忘れたらしいんだ」

なんというか、新八っつぁんのお母さんに合掌。勉強以上に食費のかかる息子に手を焼いているだろうなあ。

「あっ、そーだ新八っつぁん、それと左之さんもだけど、昨日も稽古来てなかったな」
「まあ、三年のこの時期になるとだな、色々大変なんだ」
「へえ」

新八っつぁんが、かなり珍しいことに、悩むような表情を見せた。

「あ、もしかして、進路?」
「ああ。なんせ俺は馬鹿だからな、進学より働いた方がいいとは言われるんだが…」
「進学したいの?」

そう尋ねると、新八っつぁんはちょっと照れるように「おう」と言った。

「俺、体育教師になりてえんだ。子供も好きだしさ」
「ああ、似合う」
「みんなそう言うんだ。けど、そしたら大学に行かなくちゃいけないだろ?んで俺は馬鹿だから、入試とかその辺厳しいんだよなあ」

俺は何も言えなかった。一年坊主の俺は、入試とか大学とか、そんなの考えたこともなかったから。
けど。俺には夢があるんだろうか?
将来について、真面目に考えてみたことがあるだろうか?
答えはノーだ。
だから、照れながらも夢を語ることができる新八っつぁんを、ひどくうらやましいと思った。


「左之も進学だぜ。あいつはなかなか賢いから、多分大学では別れちまうんだろうな」
「二人も幼なじみだったよな」
「おうよ。むしろ腐れ縁だな、ありゃ」

表情を一転させて、新八っつぁんは豪快に笑った。そのとき、体に比例して大きいんだろうと思われる腹の虫が鳴く。
すさまじい音で、周りの生徒が振り返っていた。
新八っつぁんは注目されていることにも気付かない。

「おっといけねえ、つい長話しちまった。じゃあな平助、ちゅーわけでしばらく部活には出られそうにない」
「うん、わかった」

大量のパンを抱えて帰って行く新八っつぁんは、さっき感じた眩しさもどこ吹く風と言わんばかりにいつもの新八っつぁんだった。






「…………」
「…………」

俺たちは無言で帰宅の道を歩いていた。隣には、少し距離を置いて名前。辺りは、夏直前だというのに結構暗い。それだけ遅くなってしまったというわけだ。

「平助」
「…何だよ」
「今日の、秘密でよろしく」

俺は名前を見る。名前はこっちを見ない。それが何だか悔しくて、気づけばいつもみたいに言葉を発していた。

「教室で馬鹿みたいに寝こけてたことか?」

そもそも俺が名前と帰っているのもそのせいだ。いつもは早い電車で帰る名前なのだが、今日は教室で居眠りをしてしまって気づけば学校には誰もおらず、そこに俺が忘れ物を取りに戻ってきて、まあ一緒に帰るかという流れになったのだ。
喧嘩はするが、仲はよいのだ。

「馬鹿みたいとはなんですかね」

眉根をきゅっと寄せた名前。しまった、と後悔してももう遅い。
折角普通の雰囲気だったのに、いつしか険悪な空気が漂ってきた。

「だって事実じゃん」
「平助だってプリント忘れてた癖に。あれだけ先生が注意してたのに」
「人間は忘れる生き物なんですー」
「自慢気に言えることじゃないし」
「自慢気になんて言ってねーし!」
「無自覚だったなんて、平助ってやっぱりお馬鹿さんだね」

…くそ、むかつく。
好きなら優しくしろ、と言ってきた左之さんの顔が浮かんでくる。そうはいっても、理屈より感情が口を動かしちまうんだよ。
みたいなことを考えてたのが幸いして、俺は口論を止めることに成功した。
馬鹿、ねえ。
拍子抜けしたような顔の名前に、ちょっと聞いてみる。

「お前さ、進路とか決めてんの?」
「へ?」

まあ、驚かせたとは思う。いきなり真面目な話になったんだし。

「いや、昼に新八っつぁんと話してて。新八っつぁん、先生になりたいんだって」
「体育?」
「しかないだろ」

だよね、と笑って頷く名前。話題に乗ってくれたようだ。
なんだ、喧嘩しないで話せるじゃん。

「具体的じゃないけど、ぼんやりとならね」
「名前はやっぱり、進学?」
「かな」

あ、と思った。その笑みは、まるで昼間の新八っつぁんみたいで。
眩しいと、そう思った。

「どこか小さな町で、町立図書館の司書として静かに暮らしたい。喧騒とか、関係なく」
「この辺りじゃなくて?」
「もっと小さくていいかな。ただ、たくさんの本に囲まれて過ごしたいなあって」
「…ふーん」

俺は名前が言った風景を頭に思い描いてみた。静かな室内に、本を読みながら座っている名前。挨拶をすると、笑顔でカウンターに戻ってゆく。
そんな想像は容易にできたのだが、でも何故かそれは何かがおかしい気がした。ちょっと考える。

「…俺は?」
「ん?」
「その未来って、俺は入ってねえの?」

――一瞬、名前の表情が驚きと哀愁と困惑に彩られる。と、思ったが、視線を下げたのでそれが本当かは確認できなかった。
何かを言うかと思ったが、感じるところがあったのか知らないけど、名前は黙々と進む。
改札を抜け、プラットフォームに並んで立つ。変な話をして悪かった、と謝ろうとしたとき。

「何物も、変わらずにはいられないんだよ」
「ん?」
「みんなと一緒にいるのも、高校が最後なんだろうね」

名前の自嘲じみた声。

「       」
「うっ」

たまらず俺が放った言葉は、スピーカーから漏れ出たキイイインという金属音にかき消された。

『もうじき、二番線に電車が参ります。――』
「びっくりした…で、なんて?」
「…いや」

名前の中では、一人で生きることが前提となっている気がする。
――何物も、変わらずにはいられない。
その言葉の真意なんて俺にはわかんなかった。だからもう一度首を振って、「なんでもねえ」と告げる。

「やっと帰れるな」
「こんなに遅く帰るの、初めてかも」
「腹減ったー」

開いたドアから、中に乗り込む。その頃にはすっかり昔の――和やかな雰囲気に戻ることができていた。


歩む道が違えたら、

俺の気持ちは、どうなるんだろう。


――――――――――

長くなった…

2011.09.28






bkm



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