うたぷり短編 | ナノ


三面相の君



「うなぁー」

そう不明な言葉を発して、名前が俺の背中に抱き着いてきた。思わず食べていたものを喉に詰まらせそうになり、慌てて水を飲む。

「おい、名前っ」
「にゅふふ」

後ろを振り向くことはできないけど、名前がすりすりと肩口に頬を寄せているのは感触でわかる。たまらず体が熱くなり、もう一度彼女の名を呼んだ。

「名前!」
「なぁに?」

…畜生、そんな可愛い声出したって無駄だからなっ。
俺は勢いよく体をねじって、名前を体から引っぺがした。

「いーから、とにかく離れろ酔っ払い!」
「しょーちゃんがおこってるー」

にへら、と締まりなく笑った名前の顔は、真っ赤だった。






そもそも、名前は決してこんなに積極的なことをしてくるタイプじゃない。むしろ奥手とさえいえるほどで、折角恋人になったというのにそれらしい雰囲気を作り出すのにも一苦労する相手だった。付き合いだして、三年。だけど俺たちの関係は学園のパートナー時代からあまり変わらず、音也から「…見えないなあ」なんてため息をつかれるほどに恋人らしくないのだった。
それもこれも、普段の名前がお堅い性格だからだ。もちろんそんなところも含めて好きになったんだが――っと、何を言わせるんだよ。
俺は現在大躍進中のアイドルで、自分で言うのもなんだけど、人気がうなぎのぼりな状態にある。当然女性ファンが多く、不本意ながら「可愛い系」として認識されている。ものすごく不本意ながら。つまり俺にはスキャンダルが許されていない。レンほどあけっぴろげな自由人を気取るつもりもねーし。
というか、個人的には彼女がいるということ、つまり名前との関係を明かしたうえで仕事をしたいと思う、のだが名前がそれを嫌がるのだ。彼女曰く、『翔ちゃんの名前に傷が付く』…付かねえよ、とは思うんだけど。

さて、そんな名前が、どうしてこんなにべたべたと甘えてくるのか。
話はつい数時間前までさかのぼる。

久々に夜のロケが無くなり、自由な時間を持てることになった。
ここ最近は日夜を問わず忙しくて、名前にも会えていなかったから、彼女の部屋へ行こうと思い立ち、電話を入れて行くことを伝える。
俺も名前も、シャイニング事務所が経営するマンションを借りているので、行き来は楽だ。少なくとも、周りの視線を気にすることはない。まあ、だからこそ二人でここを選んだんだけど。
そんなわけで久しぶりに名前の部屋に上がり、彼女の手料理で夕食を取っていたのだ。

「じゃじゃーん」
「おおっ」

そこで名前が取り出したのは、日本酒だった。なんでも、真斗から貰ったんだとか。やけに嬉しそうな顔をしているのは、酒だけじゃなくて俺が来たからだとも思いたい。
ふっふっふ、と笑みながら盃を取り出す名前。…あれ。

「一個だけかよ」
「翔ちゃんは未成年でしょ」

…いや、そうなんだけどさ。
俺と名前は、年の差が一つだけ存在する。現在名前20歳、俺19歳。とはいえ、打ち上げなんかで無理に一口だけ飲まされたりするから、酒の味を知らないというわけではないんだけど。

「一人で呑むのって、寂しくないか?」
「寂しいよ。だから翔ちゃんが来た時に開けるの」

う。
そんな言葉に思わず胸が高鳴って、「な、なら、いいけどさ」とつぶやいた後、白飯を口に突っ込んだ。うるせー、照れ隠しとか言うなよ。

「へへ」

いそいそと中身をついで、そっと口に含む。

「おー」
「美味いか?」
「とっても」

名前の呑み方はとても上品で、目を閉じて味を楽しむその様子とか、ほんのり頬が色づいてくる様子だとか、思わず目を奪われた。
一杯を飲み終えて、ふう、と儚げにため息をつく。
桜色の頬に触れたくなる衝動にかられたけど、ほうれん草に手を伸ばしてなんとか抑え込んだ。

「あ、止まんないわー」
「ほどほどにしろよ」

呑みすぎて眠り込まれたら、折角会いに来た意味がなくなる。
名前は「うん」と微笑んで、もう一度盃を呷った。

もうわかるだろうと思うけど、この酒こそが現状の原因。




「しょーちゃん」
「なんだよ」
「しょーちゃん」

向き合ったところで、再びぎゅむと抱き着かれる。完全にいつもの名前ではない。普段は恥ずかしがって、俺が密着しようとすると別に用事を作ってそっちに行ってしまう、そんな名前とは違う。
違うからこその違和感と、それでも湧き上がってくる愛しさと。
柔らかい感触と、熱いくらいの体温。絶え間なくつぶやかれる「しょーちゃん」という言葉は、俺の熱を上げるのにも十分だった。

「…名前」

背中に腕を回し、前に会った時より少し伸びた髪の毛を優しく撫でてやる。
名前は「うー」と声を漏らし、かくんと俺の肩に顎を乗せた。
来てる。
これは何かが来ている。
どくんどくんと心臓がうるさいくらいに高鳴って、俺はごくりと唾をのみこんだ。

「しょーちゃん」

再度呟かれる。名前が俺の背に回した手の力も強くなり、この三年間で最高の雰囲気が作られた。
その、ときに。

「可愛いよぅ…」
「…は?」

続いて漏らされた名前の呟きによって、頬に当てようとしていた右手がぴたりと空中に停止した。

「しょーちゃん、可愛いよぅ」

すりすり。幸せそうに肩で頭を揺する名前。

「…可愛くねえよ」
「可愛いよぅ」

対する俺は、あっという間に不機嫌になる。その言葉は、やはり嫌いだ。とりわけ、名前の口から出てくるのを聞くのが一番。
こいつだって、それを知っているはずなのに。
酔ったせいで本音を漏らしている?いや、考えるのは止めておこう。

「可愛くねえよ」
「可愛いの!」

吐き出すように言った言葉に帰ってきた応酬は、殊更強い口調だった。
そっと名前は俺から体を離し、鼻を啜りあげる。
名前は泣いていた。

「名前」
「しょーちゃんは、可愛いの。可愛いから、可愛くない人の前で、じぶんが可愛くないなんて言っちゃ、ダメなの」

下を向いて俯いたまま涙をぽろぽろとこぼす名前は、さきほどまでへにゃへにゃ笑っていた彼女とはまるで別人だった。そしてもちろん、普段の名前とも。
俺は驚いていた。「可愛い」と言われたことへの嫌悪感もぶっ飛んで、少しの間そんな名前をじっと見ているだけだった。
だけどすぐに、言わなきゃならない言葉を見つけ出す。

「名前」

今度は俺から名前に体を寄せて、頬に手を当ててそっとこちらを向かせた。
顔を赤くして、涙で瞳を潤ませて。
俺なんかより、断然名前の方が可愛いだろ。
もう片手も頬に添え、親指でそっと涙をぬぐう。
目に指が当てられ、まぶたを閉じているこの隙に。
片手を腰に、もう片手を後頭部に回し、素早く、しかし優しく、俺は唇を押し付けた。
驚いたように肩を跳ねさせるけれど、しかし驚いたことに、名前も俺の服を握り、口づけに応える。
数秒ほど、音のない時間が流れた。
一度、数ミリほど距離を離し、一瞬だけ見つめあう。
だけどすぐに名前が目を閉じたので、俺はふっと笑みを漏らして、もう一度キスを送った。
割れ目を下でなぞってやれば、酒の香りが漂う。結構度が強かったようで、口づけを続けるうちに、なんだか俺まで頭がくらくらしてきた。
今度は、無音じゃない。ぴちゃ、くちゅり。そんな、ともすればいやらしくも思えるような音が幾度か響く。
息が続かなくなるまで合わせていた唇は、互いに了承しているかのように、ごく自然に離れた。
頭の中がぽやーっとしているのは、やっぱり名前に酔いを移されたせいかな。

「ん…」

俺の胸に頭を預けた名前の耳元に、そっと唇を寄せる。

「俺は、さ」

ちゅ、と音を立てて耳に口づける。

「可愛いと思わねー奴に、キスなんてしねえよ」
「ほんと?」
「当たり前だろ」

くらり、と体が揺れた感じがして、どうやらそれは実際のことだったらしく、次の瞬間俺は名前を抱き込んだままカーペットへ倒れこんでいた。
ああ、ふわふわとした心地が、とても気持ちいい。いっそこのまま眠ってしまうのが良いかもしれない。名前との甘い口づけの余韻に浸りながら。
風邪を引いたらそのときだ、と名前を抱えなおしてそっと目を閉じた。

髪を触られた感触があり、聞こえた一言。

「しょーちゃん、ありがとう」

それから、おぼろげな意識の中で、最後に

「すき」

という言葉が聞こえた気がした。




三面相の君




普段の照れ屋なお前もいいけど、酒に酔って甘えてくるのも、不安な気持ちで泣く姿も、全部好き。

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勉強の合間に書き溜めたものです。
アンケでいくらか酒ネタがあったので…個々のものとは違いますが、許してください。
何か話にまとまりがないww

2012.2.10






bkm



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