うたぷり短編 | ナノ


ワン・ツゥ



わたしは那月くんが大好きで、それはあの学園を卒業した後も変わらず持っている大切な想い。ふんわりとゆるくカールした明るい金髪も、眼鏡の奥の優しい瞳も、いつだって弧を描いている口元も、わたしより頭二つ分ほど大きな体も、全部大好き。
それから多分、那月くんもわたしのことを好きでいてくれている、と思う。単なる自意識過剰じゃないはずだ。もちろん確信なんかない、だけど一年間パートナーとして培った絆は、そういう境地にたどり着いたのだとなんとなく理解していた。
だけどお互い変な風に臆病で、少なくともわたしは「もし」っていう一抹の不安があったから、好意を直に伝えるなんてことはできなかった。付かず離れずの状態のまま、わたしたちのデビューから一年が経過していた。

「早くくっつけばいいのに」

ともちゃんはそう言うけど、わたしは別にそんなのはどちらでもいいと思っているのだ。このあやふやな関係を「恋愛」という枠にはめたところで、中身が変わるわけではない。いつも通り那月くんは笑っているだろうし、わたしはその隣でほんわかとした気持ちを持ち続ける。そんな距離で居られれば、きっとそれがわたしの幸せなんだろうから。









「遅くなっちゃった…」

既に十時半を差している時計を見て、わたしは呟いた。色々と頼まれていた仕事を片づけていたら、いつの間にかこんな時間になってしまったのだ。明日も仕事がある、早く帰って寝ようと仕事場を出て、暗い廊下を進む。
そのとき、まがいなりにも作曲家なわたしの耳に、かすかなクラシック音楽が聞こえてきた。
独特な拍子。軽快だけど洗練された音。

「え、ワルツ?」

何故そんな音楽が、こんな場所で。疑問を覚え、わたしは音の方向へ足を進めた。
たどり着いたのは、ダンスレッスンをするスタジオだった。ひとつ、隙間から明かりがこぼれている扉があり、ワルツはその向こうから聞こえているようだ。
わたしは扉に手をかけ、そっと開けた。

「…あ……」

ライトの眩しさも忘れ、わたしはその眺めにしばし見入ってしまった。
フロアの中央で、緩やかな金髪を軽く揺らしながら、那月くんが踊っていた。
スタンダードなワルツに合わせ、ステップ、ステップ、ターン。
クローズドポジションは宙を抱き、しかしそこに誰かがいると思わせるような優しい手つき。
背景に中世的なお城があれば最高なのに――なんて思ってしまうぐらい、それは綺麗だった。

「…あれえ、ニック?」
「あ」

そんな風にぽーっと見つめていたら、那月くんに見つかった。那月くんは踊るのを止め、音楽を切る。

「ご、ごめんね、邪魔しちゃって」
「いえ、大丈夫ですよ〜」

優しい笑顔で許してくれた那月くんにわたしも笑みを返して、中に入る。
那月くんはこっちに近づいてきたので、近くにあったタオルを渡した。少し汗が滲んでいるようだったのだ。

「どうしたの?ワルツなんて」

わたしが尋ねると、那月くんは「ええとですねえ」と言って訳を話してくれた。

「今度、僕、海外ロケに行ってくるんですよ」
「へぇ、どこに行くの?」
「フランスです〜」

そういえば、昔那月くんはフランスに住んでいたという話を聞いたことがある。

「そこで、ダンスパーティの様子を撮影することになりまして」
「そこで那月くんも踊らなきゃならない、ってこと?」
「その通りです〜」

フランスかぁ、と向こうにいる那月くんを想像した。イメージは、ベルサイユ宮殿。高い天井にきらきらシャンデリア、広間に集った正装の貴族たち。那月くんなら、紳士服がよく似合いそう。
だけど同時に、ある想像をしてしまって、少し悲しくなった。

「ニック、どうしたんですか?」
「え」
「何だか、悲しそうな顔です」

そんな顔、しないで。那月くんはそっとわたしの頭に大きな手を乗せた。こうして撫でられると、何だか自然と心が落ち着いてくる。
わたしは目を閉じて、少し微笑んだ。

「馬鹿だって、思わないでね」
「そんなこと、思いませんよ」
「…那月くんが、色んな女の人と踊るのかなって、思ったら」

なんだか寂しくなっちゃった、と、そっと那月くんを見上げて笑った。
那月くんは、少し目を丸くして、

「…っわぁ」

ぎゅ、っと不意にわたしを抱きしめた。幾度となく交わした抱擁だけど、何だかいつもより、ちょっと苦しい。
ふふふ、と頭上から笑みが聞こえてきた。

「嬉しいです、すごく」
「んっと、」
「ニック、僕は」

頭頂部に感じた感触は、もしかしてキスだったのかもしれない。

「本当はずっと、貴女の手をとっていたいんですよ?」
「那月くん」
「お仕事、なので。だけど必ず、ニックをぎゅってしに帰ってきますから」

だから、許してくれませんか?だなんて那月くんは呟いて、そっと力を緩めた。
わたしは体を離して那月くんの手を握り、澄んだ目を見る。

「ぎゅ、だけ?」
「…ふふ」

ふんわりと笑うのは、彼の専売特許。
それから那月くんは片手を下から優しく握り、もう片方をわたしの腰に回し、クローズドポジション。
こつんと、額がふれあった。

「貴女が望むだけ、僕の愛を捧げましょう」



ワン・ツゥ



終わらないワルツを、永久に二人で。

――――――――――――

くっさい場面もなっちゃんなら何のその。


2012.1.21






bkm



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