うたぷり短編 | ナノ


恋ひ願ふ



人は、どうして他人を好きになるのだろう。

ひとりの方が、軽いはずなのに。

きれいなままでいられるのに。

人が人を好きになる理由。

それは、

きっと、

人間は、本来的にひとりでは生きてゆけないからだ。

まるで生まれる前みたいに、

母親の、

誰かの、

無償の愛情を、心のどこかで欲してしまうからだ。

わたしを、愛して。

その対価として、他者を愛する。

愛情は一方的であり、

そして交換的だ。

ひとりの方が身軽だ。

ひとりの方がきれいだ。

だけどふたりの方が、あたたかい。

一緒にいると、自然と心がぽかぽかしてくる、そんな人。

それが、

きっと、

好き、

って、こと。

双方向の、恋愛。

その途方もないあたたかみを知ってしまえば、

もう、

ひとりでは、いられなくなる。

ああ、

今なら、

なんだって、できそう。

わたしは、彼が好き。

彼が、

好き。

涙がでるほどうれしくて、

笑っちゃうほど切ない。

人のことを考えるだけで胸が縮こまるだなんて、誰が教えてくれる?

きっと、

それは、自分で知らなきゃいけないこと。

好き、

大好きよ、

それと自覚する前から、

きっと、

もっと、

あなたが、

好きだった。

今なら、わかる。

恋心、

それは、汚くなんかない。

醜くなんか、

ない。

どれだけ他人に嫉妬しても。

どれだけ他人を嫌悪しても。

その源には、

ただひたすら、

純粋さがあるだけなんだ。

だから、

恋をすると、

涙が、出てくるんだ。

悩んで、迷って、苦しんで。

惑って、困って、羨んで。

妬んで、怒って、悲しんで。

全部、

好き、

だから。

ただそれだけの、

何より純粋な、

何より透明な、雫。

心の、結晶。


空港に向かう道は、まっすぐだった。ううん、単にわたしがそう感じたというだけかもしれない。ただ、ただ、一心不乱に空港へ走った。他の道筋なんて目にも入らなかった。


会いたい。

彼に、

会いたい。


信号に引っかかる。既にかなり息の弾んだ体を少しの間休ませながら、わたしの目は空へと向いた。


青々と、

吸い込まれそうな、くらいに。

快晴であった。

かすかに漂う小さな雲がそっと自己主張しているけど、

それさえも、あの青さに溶け込んでしまいそう。

一羽の鳥が、舞い上がってゆく。

あの鳥はどこへ向かうのだろう。

わたしみたいに、

好きな相手の元へ行くなら、いいな。


信号が変わる。

また走り出す。

きっと間に合う。

間に合わせてみせる。

一分、

一秒でもいい、

ああ、

彼に、

伝えたい。

伝えなければ、ならない。

こんなわたしに、こんな気持ちを教えてくれた、彼に。

行ってしまう、その前に、

空へ飛び立つ、その前に。

空港が見えた。作曲にかまけてほとんど運動なんてしなかったこの鈍いからだを、あと一踏ん張りだと前へ押し出す。一歩、また一歩、彼がいるはずの場所へ。まだ肌寒さの残る季節に、わたしの息だけが熱かった。ガラス張りのロビーを見る、


いた。


みんなが集まって、彼にさよならを告げている。


入り口はどこ?

早く入らせて。


みんなはこっちに気付いていない。

ガラスを破って、

ああ、早く、

早く。


自動ドアを素早く通り抜ける。すれ違う人など気にしない。


どっち?

左。

いた。

息が苦しい。

足が痛い。

喋ることもままならないまま、可能な限り急いで彼の元へ。


翔君!


声に出せないから、心の中で叫ぶ。


翔君!


それは、わたしからすれば奇跡みたいなものだった。

ひょいと、翔君が顔を上げてこちらを見た。そして驚きの表情を浮かべ、次いであの明るい笑顔を咲かせた。


翔君が、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。

私も、彼の元へ一直線に歩む。

そっと伸ばした手が、ひんやりとした彼の指先と触れ合った。


すき。

好きなの。


伝えるべき言葉は、

しかし口から出てこない。

早く、息を整えて。

整えて、言わなきゃ。


わたしはすがるように彼の腕を掴んだ。どくどくと心臓がうるさい。一言だけでも、声を、出させて。


見上げた彼の目は、

優しかった。

まるで、

空みたいに、

青く、

碧く、

澄み切っていた。

彼は、

そっと、

わたしの頭を撫でた。

そしてその手を、

頬に。

もう一方の手を、

腰に。

ぎゅっと、

抱き寄せられ、

唇に、

ふわりと、

やんわりと、

なんだか、

幸せな、感触。

くらりと、

酸素の足りない頭が、

危険信号を出した。

構わない。

構わないから、

わたしは瞳を閉じて、

やってきた感情の奔流に体を明け渡した。



恋ひ願ふ


その口付けでわたしは翔君の全てが伝わったような気がした。

多分、逆も又、然りなのだろう。


――――――――――――

綺麗な文章を書きたかったんです。某作品の影響なんです。分かる人にはきっと分かるんです。
この情景を思いついて、中編考えて、単発で書きました。

2012.1.18






bkm



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