うたぷり短編 | ナノ


ラブ・モウメント



トキヤは優雅に紅茶をすすった。白いダイニングテーブルには可愛らしい柄のティーセットが置かれている。持ち上げたティーカップをまた元の位置に戻し、長い睫毛を少し揺らして再び手元の文庫本に目を戻した。
整った顔立ちの彼は常々仏頂面だと評されることが多いが、今の表情は心の安らぎがありありと溢れ出た、小鳥さえ寄ってきそうな優しい顔つきである。
音も立てずにまた紅茶を口に含み、ぺらりとページをめくった。

「ああ」

漏れ出た息のなんと自然なこと。

「安らかですね」
「――人んちだっつの馬鹿トキヤ」

そんな静謐もそこそこに、後ろに歩み寄った名前がばしんとトキヤの頭を叩いた。いったん前のめりになった彼はすぐに頭を戻し、後ろを向く。そこには、腰に手を当てた彼の幼なじみが立っていた。ふん、と口を曲げる彼女の目は赤く充血している。

「知っていますよ」
「何さ今の空間。オサレ空間。うちがうちじゃなかったよ」

文句を言いながら、自身もカップと砂糖を取り出して紅茶を注ぐ名前はトキヤの二つ年上だ。幼なじみの姉貴分としてトキヤを可愛がってくれる大学三年生。就職活動にも忙しくなってくるこの時期だが、彼女は家を出られないわけがあった。

「それで、終わりましたか」
「まだ…。でも超大作なんだからっ!」

拳を握ってトキヤに突き出し、にやりと笑んでみせる。名前は作家志望だ。そのため様々な賞に応募しては落選しを繰り返しているのだが、次の賞の〆切が迫りつつあるのだ。

(まだ、ですか)

心の中でそう呟いて、そして実際に声に出して名前に催促する。

「早く終わらせてくださいね」

名前に会いに来たのに、これでは元も子もない。今日が過ぎれば、また慌ただしい日々に戻らなければならないのだ。一ノ瀬トキヤはそれほどに人気を博している。だからこそ、この休みが心の安息日となるようにここへ来たのだ。

(名前といると、安心できる)

トキヤは、その気持ちに明確な名前を見つけていた。

(私が恋している、だなんて、音也たちが聞いたらどう思うでしょうか)

砂糖をこんもりと入れた紅茶を美味しそうに飲む名前をそっと見つめながら、トキヤはさらに言葉を重ねる。

「私が、寂しいですから」

学園では、「テクニックはあるが気持ちがこもっていない」と評されたトキヤだが、この幼なじみの前ではクールな仮面がデレへと変化する。
そんな素直極まりないトキヤを見て、名前は嬉しそうに微笑んだ。
ティーカップを持っていた手を伸ばしてトキヤの頭に触れると、大人しく首を垂れるので、ゆっくりと撫でてやる。

(久しぶり、ですね)

「そっか、寂しいか」
「はい、とても」

名前はしばらくそうやって微笑んだまま、セットされたきれいな黒髪をわしゃわしゃとかき乱す。トキヤから文句は出ない。

(髪ならまた直せばいい)

それよりも、彼にとっては彼女と過ごすこの時間が、何より大切だった。

「ようし。じゃあ今日はここまでにしてトキヤを構ってやろう」
「!本当ですか」

名前が頭から手を離したと同時に、そう言った。トキヤは明らかな驚きと喜びを表情に滲ませて顔をあげる。ふふー、ホント。にっこり笑った名前は残った紅茶を飲み干す。トキヤは文庫本にしおりを挟み、腰を上げて名前の方に身を乗り出した。

「では、」

トキヤは気を急かせながら、小首を傾げた名前に顔を近づける。
名前はきょとんとそれを見つめた後、楽しそうな笑みを浮かべた。

「ばーか」

ちゅ、と。
一瞬唇を重ねたのは、名前からだった。それにトキヤが驚いたときには、もう名前は顔を離して立ち上がっている。

「名前」
「まだもうちょい待ってなさい。パソ子切ってくるから」

呆けたように名前を見つめるトキヤのおでこをぴんと弾いて、彼女は隣の部屋へ歩いていった。

(…不意打ちですよ)

こちらからしようと思っていたのに。
実はちょっと痛かったおでこをさすりながら、トキヤは必死にさっきの感触を思い出そうとしていた。


ラブ・モウメント


「先程は唇の柔らかさを堪能できなかったのでもう一度いいですか」
「変態か己は」

大真面目に言ったはずなのに再びでこぴんをくらったトキヤは、それでも再チャンスを得ることになる。


――――――――――――

アンケより「トキヤ年上幼なじみヒロイン」「ヒロイン攻め」「ヒロインの前では甘えるのがデフォ」などなど…ミックス!

アンケリク、ありがとうございました!

momentの発音は[moument]の二重母音です。注意。

2012.1.3






bkm



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