うたぷり短編 | ナノ


ココア・キス



身を切るような冷たい空気に凍えながら、わたしは自宅への道を急いだ。今時分、つまり十二月も半ばになると、そろそろ本格的に寒気が厳しさを増してくる。たとえ昼間といえど夏のように太陽があそこまで存在を主張することもなく、思わずもっと暑くなれよ!と叫びたくなってしまう。現在のような夕方ならなおさらだ。冷気のおかげか、星星はやけにはっきりとしている。自動販売機でホットココアを買ったって、一分もたたない間に冷めてしまうだろう。冬とは難儀なものだ、まったく。
とにもかくにも、わたしは事務所からの帰り道を辿っているのだった。打ち合わせが予想以上に長引き、帰る頃にはすっかり日が落ちていた。冬至前ということもあり、半月前よりもめっきり日が早くなっている。暗い道中、コートの前をかき合わせながら歩く。びゅうと風が吹けば突き刺さるような冷たさを頬を感じ、小刻みに体をふるわせた。

やっぱり、寮に居座ればよかったかなあ。

学園を卒業し、同時にシャイニング事務所に所属して作曲家の道を歩み始めてから、もう三年がたった。なっちゃんやトキヤさんたちは既に成人を済ませ、自分で住まいを見つけ移り住んだ。決まりではないが、新しいアイドル・作曲家のために、ある程度自活が可能になれば寮を引き払うのが慣例だ。だったら丁度いいやとわたしもみんなと時期を合わせてマンションの一室を借りることにしたのだった。

また風が吹いた。同じタイミングで息を吸い込んでしまったため、胸の中まで寒気が浸透する。うう、早く帰らなきゃ。

わたしが住むマンションは、歩いて事務所に通える距離にある。というか、そういう場所を選んだ。わたしはみんなと違って有名人でもなんでもないから、周囲の目とかそういうのは気にしなかったのだ。ある事情によって、今になって結構後悔中ではあるんだけど。
ああ、ようやく着いた。エントランスに入り、階段を利用して居住階まであがる。もちろんエレベーターはあるにはあるが、わたしの部屋は階段を出たすぐそこにあるのでこの方が早いのだ。むしろ体が温まる。そうして凍らんばかりに冷え切った体をついに休ませるときが来た。鍵を取り出してかちゃりと開け…られない。理由はすぐに得心いった。ほわあんと心の中にあったかいものが広がった心地がして、そのままノブを回して中に入った。見れば、予想通りそこには彼の靴が置いてあった。
ドアが開く音に、リビングの方から翔くんがひょこりと顔を覗かせた。そしていつものように笑って、「おかえり」と言ったのでこちらも「ただいま」と返す。

「今日は遅かったんだな」
「翔くんが早かったんだよ」

玄関のハンガーにマフラーとコートをかけながら、どうして今日はこんな時間からいるのかと尋ねれば、はにかんだ答えが返ってきた。

「会いたかったから」

それは理由とは呼べないし仕事は大丈夫なのかな。なんて思う暇なく翔くんはするりとわたしの目の前にやってきて、軽いキスを落とした。

「冷たいな」
「翔くんは、あったかい」

まあな、と笑む翔くんはきびすを返してリビングに戻る。私はキッチンへ向かった。
翔くんと恋人関係になってから、大体一年弱。彼は卒業と同時に心臓治療のため外国に入院していて、去年帰ってきたのだった。わたしは学園時代からそっと翔くんのことが好きだったから、空港でいきなり抱きしめられて『おまえに会いたかった』なんて言われちゃ骨抜きになるしかない。アイドルとしても、デビュー曲が大ヒットしたとは言え、まだ新人一年目が過ぎただけだ。そう週間スケジュールがびっちりと埋まることもなく、暇なときはここでごろごろしている。翔くんはまだ寮暮らしということにはなっているが、実質同棲しているようなものだ。「おかえり」と言う立場の時もあれば言われる立場の時もある。それがなんだか、くすぐったいくらい気持ち良くて。
キッチンに入り、マグカップとココア粉を取り出した。ココアはわたしの好物だ。特にミルクココアはたまらない。如何とも形容しがたいあの甘さと、内側からじんわりと染みてくるあの温かさ。いつでもココアを飲めるように、湯沸かし器には常にお湯が入れてある。ココア粉を入れた後、お湯でペースト状にして練る。ここでスプーンを舐めるとハンパない甘さにおそわれる。牛乳を入れてしっかりとかき混ぜた後、レンジに入れた。

「ようし」

そうしてわたしはホットココアを作り、両手で包むようにしてリビングへ持って行った。翔くんはコタツに入ってテレビを見ている。わたしが来るのを見て横にずれ、ぽんぽんと隣をたたいて座れと合図する。机にココアを置いて大人しくしゃがむと、満足げな表情で片手が絡め取られた。
わたしはもう一方の手でココアを口に運びながら、同じようにテレビを見た。なっちゃんが出ているようだ。バラエティ兼歌番組のようで、さらりと女優さんに甘い言葉をはいて天然だと指摘されていた。変わらないなあ、なっちゃん。

「なっちゃんの考える歌詞って、凄いんだよ」
「ん?」
「さっきまで打ち合わせしてたんだけどね、ぽんぽんとメルヘンで甘ったるい言葉を思いつくの。聞いてるこっちが赤面するくらい」

翔くんの顔がかすかに曇ったのは気のせいかなと思いながら、そうだなあ、とわたしは半分ほどになったココアを持ち上げた。

「このココアより甘いかも」
「ふーん」

同時に頬を撫でられて、唇が塞がった。
舌で唇を割られ、ほんのさきっちょがその内側を舐めとった。ぶるりと、寒さとは違う感覚が身を震わせた。
熱っぽい吐息を漏らしながら、目の前で額を合わせた翔くんは笑う。

「あー、こりゃ甘いな」
「…でも、今のよりは甘くないかも」

やっぱり俺様が一番だろ?なんておどけて言うものだから、今度はこちらから唇を重ねてやった。


ココア・キス


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やっと新しいの書けた…!そして長い、いやに長い。
個人的には割と萌えシチュです。忙しくない翔ちゃんもありかなあなんて。

2011.12.17






bkm



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