うたぷり短編 | ナノ


春まっしぐら



最近は冷え込みも激しくなってきて、肌を直接外気にさらすのが躊躇われるようになってきました。
学園にはマフラーや手袋をした生徒が増え始め、教室にも暖房が入るようにもなりました。
冬の到来です。
地球温暖化が進んでいるとはいえ、冬は冬。厳しい寒さに身を震わせる季節が、今年もやってきたのです。

しかしどうやら、私の友人は違うようです。
なんだか深刻な顔をした翔が近づいてきて、相談があるのだと言ってきました。
彼曰く、こうです。

「なあ。最近名字を見ると胸のあたりが変な感じしてテンパっちまうんだけど、何でだと思う?」

ちらちらと彼女のいる方向を気にしながら、翔は小声でそう聞いてきました。
まあなんとなく予想はしていたため、意外と意外でもなかった(ややこしいですね)この質問に、

「…………」
「なんか言えよ」

私はため息をついて、辺りに先生たちがいないことを確認してひそひそ声で応じます。

「恋、じゃないですかね」
「やっぱりか…あちゃあ…」

翔は額に手を当てて、苦笑いをしました。
この学園にある、恋愛禁止令。それはとても厳しいもので、破れば――すなわち、恋をすれば、即退学。現にそうして去っていった学生を何人も見ました。
翔も、そのことを忘れてはいなかったようです。にも関わらず、好きになってしまった、と。

「翔もついに思春期ですか」
「父親かよお前は」

いや、なかなか感慨深いじゃありませんか。4月に初めて出会ったときには、わけのわからない生意気なお子さまだとしか思わなかった翔が、恋。最近行動が少しずつ落ち着いてきたと思えば、それが原因ですか。
何かの話題で友達と笑いあっている名字さんを眺めます。翔も私の机に手を突いたまま同じ方向に視線をやりました。

「んー、なんかさ」
「はい」
「初めて会ったときは何とも思わなかったのに」

無言で次の言葉を待ちます。
翔は小さく、切なげなため息をついて続けました。

「今こうして眺めてると、すっげー可愛く見えるんだよな」
「他の人よりも、ですか」
「当たり前だろ!それにこう、胸の奥がほわあってなってさ、すぐにでもあいつに触れたくなるんだ」

乙女ですかあなたは。
声にこそ出しませんでしたが、心の中でそうツッコミを入れるのも仕方ないでしょう。男気はどうしたんですか、男気は。
翔の語りはまだ続きます。

「でもさ、できねえんだ。意識する前は肩に触ったり頭撫でたり普通に出来てたのにさ、今じゃまともに会話もできなくなってる」
「はあ」

そんな状態に陥ったことのない私は、そう曖昧な返事しかできませんでした。
恋の病とは、まったくよく言ったものです。
あーっ、と翔は小さく煩悶の声をあげて、机の前にしゃがみ込みました。

「なあ、どうすりゃいいと思う?」
「どう、と言われましても」
「校則があるのはわかってる。だけどやっぱ俺、あいつが好きなんだ」

…まったく。誰が聞いているともわからないこんな場所でそんなことを言うなんて、やはり翔はまだまだお子さまなのでしょう。
しかし、羨ましいまでのその純粋な恋心は、お子さま故の賜物。

「…翔に、女心を学べとはさすがに言えませんが」
「どういう意味だよ」
「とにかく、避けることは厳禁です。多少緊張しても、きちんと彼女とコミュニケーションしなさい。でなければ、彼女は嫌われていると思って悲しい思いをするでしょう」
「かなし…わ、わかった」

それだけは本当に嫌なのでしょう、翔は神妙な顔で頷きました。

「それから、勢い余って告白などもしないように」
「え、それって」
「別に失敗するとは言いません。ですが、あくまで校則を守らなければ。そうでしょう?」
「じゃあ、早くて卒業式…」

呟いて、翔はすっくと立ち上がりました。そしてしっかりとうなずき、いつもの笑顔を見せます。

「ここで男気出さなきゃ、いつ出すんだって話だよな」
「ええ」
「よし、頑張る。ありがとなトキヤ」

若干父親臭かったけど、助かったぜ!そう言い残して、翔は自分の席に戻っていきました。誰が父親ですか、全く。

しかし、恋愛禁止令とはまことに厄介なものですね。
既に両思いの二人を無理に離しておかねばならないのですから。

『最近、翔くんに避けられてるみたいなんだ』

名字さんの憂いを帯びた表情を思い出します。あれはつい昨日のこと。

『他の人には普通なのになあ…はは、嫌われたのかもね』

わたしは好きなんだけどな――なんて呟く姿は、こちらも思春期そのものでした。
しかし先程翔に与えた助言のおかげで、彼女の悩みも解決されるでしょう。
まったく世話のかかる。
しかし、そのおかげで二人を青春へと導けたなら、苦労の甲斐もあったというものですね。

冬に降り積もった雪はいずれ溶け流れ、春の小川に流れ込むでしょう。
ほの寒い、しかし陽気を振りまいた空気の中に、花の香りが漂うことでしょう。
この冬が終われば、当然春がやってきます。
そのころにはきっと、仲良く寄り添った睦まじい二人を眼にすることになるはずです。


春まっしぐら


結婚式のスピーチで何を言おうか、今から迷ってしまいますね。

――――――――――――

アンケリク「思春期翔ちゃん」でした。何故トキヤさん視点にしたんだろう、わたし。仲人トキヤさんが可愛かったからかな。

少年よ悩み悶えよ。

2011.12.11






bkm



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