うたぷり短編 | ナノ


I am in a tragedy.



私は悲劇のヒロインなんかじゃない。

そんなことは最初から認識していたはずだった。私はきっと、言葉通りお話にならない人間だ。物語の名も無き脇役以下の存在。結局自分は世界の中枢に関われるはずはないのだと諦念を潜ませた中二病時代を引きずって、私は学園に入学した。無きに等しい、無と有がまるで等しい、つまりは世界にとってどうでもいい存在。いや、そんな存在だったと過去形で表現する方が正しいかもしれない。

私は、来栖くんに出会った。

そして一目で恋に落ちてしまった。恋愛禁止令を知る前のことだ。そしてさらに、すべての幸運を使い切ったのかもしれないのだが、私は来栖くんのパートナーになることができたのだ。
来栖くんは、間違いなく『登場人物』だ。本物だ。彼と過ごす時間は、とても尊いものだった。
当然、来栖くんは私のことなど何とも思ってはいないことはわかっていた。だけど彼は交流を重ねれば重ねるほど魅力的な人で、私の小さな恋心は、ぐんぐんと成長していったのだ。

なんとも思っていない、それだけならばよかったのだけれど。

彼には好きな人がいた。公言はしなかったけど、見ていればなんとなくわかる。共にあるアイドルに憧れているという共通点を持ち、語り合ったりしているその姿。

「お、七海!」

彼女を呼ぶ声の、いつも以上な快活さ。
私が隣にいることが申し訳なくなって、つい口実を作って逃げ去ることもしばしばだった。胸が切り裂かれるかのようだった。涙だけは我慢した。同時に強く、爪が食い込んで血がにじむほど強く手を握って、必死に耐えた。

「大丈夫」

それが、私の合い言葉だった。

「私は、大丈夫」

恋愛禁止令のせいで、来栖くんと春ちゃんが付き合うようなことはなかった。それが一層、私を苦しめた。恋人じゃないなら、まだ来栖くんの隣にいてもいい。そんな甘えが胸の中にあり、私はそうし続けた。そして時折向けてくれる優しさと、春ちゃんと楽しそうに話すその姿に、心にぐさぐさと刺し傷が増えていった。

つまりは、自業自得なのだ。

来栖くんが悪いわけじゃない。春ちゃんが悪いわけでももちろんない。私が悪いのだ。手前勝手に嫉妬して、苦しんで。そこに来栖くんたちの責任は何もない。
迷惑だと思われても、しょうがないのだ。
この思いを、いったい誰に打ち明けられる?悲劇のヒロインぶった悲観的な思考を話したところで、軽蔑されるのがオチだ。そんなのは、嫌だ。だけど辛さは、苦しさは、確かにここにあって、――私には、どうしたらいいのかわからなくなっていた。

そんなとき、ついに体調に異変の兆しが現れた。

自室に一人でいたとき、不意にひゅっ、と詰まったような息を数度繰り返した。胸のあたりがずきんと痛む。慌てて深呼吸を行うとなんとか収まったが、その日からことあるごとにそのおかしな呼吸が偶発するようになった。
みんなにはバレないように、いつも神経をとがらせていた。だから気づかれはしなかった。だけどその呼吸は回数を重ねるごとに苦しさが増していった。でも、知られるわけにはいかなかった。知られれば間違いなく原因を探られる。来栖くんに、春ちゃんに、迷惑に思われる。

私には、息を潜める生活しか残されてはいなかったのだ。



I am in a tragedy.



名字の様子がおかしいことは、何となく気づいていた。
それが決定的となったのが、裏庭の隅に隠れるようにしてうずくまっていた名字を見つけたときだった。

「名字、大丈夫か!?」
「く、るす、く…」

短くて不規則な呼吸の中に音をねじ込んで、名字は驚愕の表情を浮かべた。
保健室に連れて行こうと肩を掴むと、びくんと過剰なほどに反応し、鋭い呼吸は激しくなった。思わず手を離す。

「あ…ぅ…っ」

名字の目から涙がこぼれ落ちた。ごめん、ごめんなさい。そう何度も呟いて、呟くたびに息がどんどん詰まってゆく。
そこで不意に俺が原因なのだろうと悟った。彼女をこんなにまで苦しめているのは、きっと俺なのだ。彼女の瞳が、叫んでいる気がした。

―今さら優しくしないで―

だから今ここに俺がいることで、名字はさらに苦しんでいる。

「ご、め、…なさ…っ」

思わず顔が歪んだ。俺は遅かったのだ。気づいたときには大切なものが手のひらからこぼれ落ちていた。名字はもう、昔の名字ではない。一番近くで、一番よく見てきたのは、俺だったはずなのに。ああ、やり直せるものならやり直したい。もう一度、名字を絶対に傷つけないように。だけどそれはどだい無理な話で、俺はもう彼女を救う力が残っていないような、そんな無力さをひしひしと感じていた。
名字はくらりと揺れて、そのまま前のめりになった。慌てて手を伸ばして抱きとめると、不規則な呼吸をしつつも、名字は気を失っているようだった。もう肩がはねることはない。その代わり、いつ止まってもおかしくないような呼吸に、俺の心臓までおかしくなってしまいそうだった。

「ごめん」

ようやく触れられるようになった彼女の背中に腕を回し、校則なんて忘れて強く抱きしめた。
一筋の細い滴が頬を伝い、彼女の胸元へと落ちていった。

――――――――――――

アンケリクより「翔→春と勘違いして切なくなる主。主が辛いのを見て遅かったことに気づく翔」でした。あれ、こんなんだったっけ。

私は失恋夢が嫌いなので、作中の翔ちゃんは別に春ちゃんのことが好きなわけじゃないはずです。

次は甘ったるいのを書きます!

2011.12.4






bkm



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