うたぷり短編 | ナノ


仕方ない人ですね



今日のレンはかなり機嫌が良かった。ただ歩くだけで自然と鼻歌がこぼれてくる。いつものようにパートナーの彼女を食事に誘い、いつものように無視をされたとはいえ、彼の気持ちはまるで別人のように弾んでいた。


「あ、レン様!」

「何だか楽しそうですわね」

「よければ、私たちとお食事を…」


そんなレンを見て、数人の女子たちが近づいてきた。ひらひらと軽く手を振ってウインクすると、黄色い声があがる。


「ごめんよレディたち。急いでるんだ」

「えっ、れ、レン様」


相手にする気は毛頭ないといった風に、レンはそのまま歩みを続けた。

(俺が共にいたいと思うレディは、今じゃ彼女だけなのさ)

その後も歩く途中で色んな女子が話しかけてきたけれど軽くかわして、レンはほとんどスキップしそうになりながら目的地を目指した。


『どうしてレン様は、あんな女を構うんですの』


彼女が冷淡な返事を返した後、クラスの女子がレンに言った言葉だ。


『あんな女とは酷いね』

『…気分を害されたならば訂正しますわ。それにしてもどうして』

『そうよ。だってあの…子、ご飯の時間にどこ行ってるか知ってる?』

『いや、知らないな』


その女子たちが彼女をなんと言おうが、レンは構わなかった。彼女が交流に適さない性格をしていることは重々承知済みだし、彼が気に入ったのがそもそもそういう気質だったからだ。
しかし、聞き流すつもりの言葉は、意外な形を取って耳に入ってきた。


『図書館裏で一人陰気に昼食をとっているんですの。レン様の誘いを断ってまで』

『それ、本当かい?』


本当らしかった。他人との交わりを避ける彼女は、食堂にいないと思っていたら、なんとそんな辺鄙な場所にいたらしい。図書館裏といえば食堂からもSクラスからも大分離れた場所だ。

(そりゃ、気づかないわけだ)

不真面目な――少なくとも真面目とは言い難い――彼は、図書館になど足を向けたことなどなかった。むしろ場所さえ知らなかったくらいだ。
自然、笑みが浮かんでくる。あの彼女が好む場所ならば、かなり静かなスポットに違いない。何の目も気にせず、思い切り彼女を口説くことができる。
彼女の愛する静謐さを壊そうとしている自分に、レンは気づいてはいなかった。
図書館にたどり着いた。壁伝いにぐるりと裏側にまわる。

(…おや?)

ら、ら。拙くてかぼそい口ずさみが聞こえてくる。


「…違います。あの人は、もっと…」


レンはその場で立ち止まった。この角を曲がれば彼女がいるだろう。現に彼女の声がした。しかし、なんだか立ち止まるべきだと、勘がそう告げていたのだ。


「――神宮寺、レン」


不意に名を呼ばれて、毛の生えたレンの心臓すらどくりと音を立てた。

(見つかったかな)

しかしそれは呼びかけでも何でもなかったようで、彼女の声は幾度か呟きを繰り返す。そしてまた、さきほどとは違った音を口ずさんだ。
レンは不真面目だが、決して馬鹿ではない。
彼女が何をしているのかは、やがて察しがついた。

(歌、を)

気づいたところで、深く、深く笑む。心には愛しさと喜びが満ちていた。

(やれやれ、俺としたことが)

最初は、自分に靡かない女子が珍しいだけだった。それがいつしか手に入れてやろうという挑戦心に変わり、そして今は――…
どれだけつれない態度をとられても。だからといって、諦めるつもりは、もはや欠片たりとも残っていなかった。
誰がなんと言おうと、彼女はまっすぐな可愛い少女だと、知ったから。

そっと角から身を乗り出す。彼女は壁に肩を寄りかからせ、向こうをむいてまだ口ずさんでいる。
レンは足音もたてず彼女に近づき、ふわりと、細い体を包み込んだ。


「――っ!?」

「やあ、愛しのレディ」

「なっ…じ、神宮寺レンっ」

「ふふ、捕まえた」

「な、何故、ここに」

「レディ、今のは俺の歌かい?」


彼女の質問には答えず、レンはそう尋ねる。「ま、まあそうですが」と堅い声で返される言葉に、できる限りの優しい口調で言う。

「ずるいじゃないか。一人で考えるなんて」

「…すみません」

「だから、今度からここで一緒に過ごしてもいいだろう?」

「…………」

「君の無言は、肯定と受け取っていいんだったね」


彼女は深くため息をついて、軽く身じろいだ。しかしそれは、レンを振り切るほどの激しさではない。


「――神宮寺レン、あなたという人は」

(次は、名前で呼んでもらうことを目標としようか)

レンがそう考えた丁度そのとき、彼女はほんの、ほんの少しだけ笑みをにじませてこう告げた。


「あなたは本当に」


"仕方ない人ですね"


名前と呼んでやれば、もっと可愛い反応を返してくれるに違いない。


――――――――――――

いーけなーい人でーすねー。ってわかる方はどれくらいいらっしゃるだろう。

アンケより『つんけん続き・デレ』でした。神宮寺さんまじわかんない。


2011.11.26






bkm



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