うたぷり短編 | ナノ


悪戯両成敗



ボロボロだった地元の中学校とは全く違う、綺麗で清潔なお手洗いから出ると、丁度クラスメイトとはち合わせた。

「あ」
「お」

珍しく一人な彼は、ご存知豆粒ドチビ。――こと翔ちゃん王子。
「俺様は王子様だ!」なんて似合わないくせに偉そうにする彼が可愛すぎたので、そう呼んであげている。
当然、敬う気持ちはさらさら無いんだけどね。
ぱちぱちと二回瞬いた後、あたしはほとんど思考停止で右手をつきだし、

「えいやっ」
「うわっ」

腕を振るって手についている水滴を飛ばした。
王子様は不意をつかれて思わずよろめき、水がついたのだろう、頬を拭った。

「おりゃっ」

続けざまに左手の水分も発射する。顔を背けていた王子の顔の横半分にクリーンヒット。
そうしていたずらを仕掛けて満足したあたしは、にんまりと笑みを浮かべた。

「何すんだよいきなりっ」

翔ちゃん王子の抗議の声。
全く、どうしてこいつはこんなに可愛いんだろう。一ノ瀬くんに見習ってほしい。
いや、やっぱりやめてください。可愛い一ノ瀬くん…自分でも気持ちの悪い提言をしてしまった。猛省。

見れば王子は知らず知らずのうちにぷくりと片頬を膨らませていた。多分この可愛さは細胞分裂みたいに、成長とともに増加の一途を辿るんだろうなあ。
むしろ絶賛増加中、そうに違いない。

「おい」
「あ、ごめんごめん」

はははと明るく笑って王子の怒りを流す。彼は小さくため息をつく(いつものことだ)。

ふふ、ねえ王子。「油断せず行こう」とか「油断大敵」とかいう言葉、知らないの?

「ていっ」
「なっ」

三回目の『水とばし』をすると、実際には「なっ」より「にゃっ」て感じの声をあげて、王子は耳を押さえた。
恨めしげに睨みつけてくるその顔は、真っ赤。

「名字…!」

あれ、今の間に顔を赤くする要素ってあったかな。
なんて首を傾げて考えたのも一瞬で、すぐに答えが浮かんできた。
あたしは、さらに笑みを深くする。そして、笑顔のまま王子に向けて足を踏み出した。

「おーうじ」
「な、なんだよなんで近づいて」
「ふふふー」

手で押さえているのは左耳だから、あたしは王子の右側に近づいて、抵抗を許さずぎゅうと抱きついた。
なななななな、とわななく王子の両手を掴んで邪魔をされないように準備する。

「名字っ!」
「だから、可愛すぎるってば翔ちゃん王子」

あたしが達した結論。
それはごく単純かつ明快なもの。すなわち、こうだ。

『王子は耳が弱い』

純情だからこそ、感度がいいんだろう。これが神宮寺の野郎なら、寝耳に水をかけられたってにやにやを保ちそうだ。

こんなに可愛い弱点を見つけて攻めないでいられるほど、あたしは大人しくない。

ちょうど同じ高さにある、既に朱に染まった耳に、ふーと息を吹きかける。

「あぅ…っ」
「きゃー!」

軽く抱きしめている状態なので、王子の体がびくんとおもしろいように跳ねたのがよくわかった。

「や、めろって!」
「こんな面白いこと」

誰がやめるもんですか。
そんな意を込めてもう一度息を吹きかければ、低く抑えたうめきが聞こえてきた。
小さなピアスがはまっている耳たぶに目が吸い寄せられる。王子の腕を握っていた手を離し、触ってみようと指を伸ばす。

「だあっ!」

それが間違いだった。油断したのはあたしの方だったみたい。

「ひ、っ」

自由になった手で今度は逆にあたしの腕をつかみ、その勢いで王子はあたしの支配下から抜け出した。
そしてそのままの勢いで、近くの壁に追い込まれる。
畜生、男子ってずるい。
王子は顔を真っ赤にさせたまま、

「さ・ん・ざ・ん、俺様で遊んでくれたな…!」

大分ご立腹のご様子。ひくひくと口の端が動きながら、今度は王子が笑みを浮かべた。

あは、ピンチかも。

手が伸ばされ、思わず目をつむる。
両頬がひっぱられる感覚。ぐいぐいと遠慮なく力を込めてくる王子に、いひゃいいひゃいと申し入れた。

「名字が悪い」

ごもっとも!いやあごめんね王子、でも楽しかったよすごく。
と、あたしの耳はだんだんと大きくなる笑い声と足音を聞き取った。今まで人が通らなかったことが不思議なくらいだ。
そして、誰か知らないけど、彼女たちはあたしの救い主になるみたいだ。
王子もそれが聞こえたみたいで、あたしの頬から手を離す。
だって、一見したらこの光景、校則破りに見えるもんね。
あたしは勝ち誇ったような笑顔を浮かべた。

「残念でした」
「…ふん」

眉をしかめた王子は、最後の威嚇なのかな、ばっと腕を振り上げた。反射的に目をぎゅっと瞑る。

ふに。

唇に、あたたかくてやわらかい感覚。

しかしそれは一瞬だった。何事かと目を開けたときには既に王子は走って逃げていた。
それとは反対の角から、春歌ちゃんたちがやってくる。
唇に指を添えた。これよりもまだやわらかかったあの感触は、まだありありと覚えてる。

「馬鹿王子」

胸の鼓動と呼応するように小さく呟いて、あたしは春歌ちゃんたちに近付いていった。



悪戯両成敗



教室に帰ると王子がそっと

「ごちそーさま」

って笑ってきたから、ぱこんと頭を叩いておいた。

――――――――――――

アンケリクより「耳が弱いのがばれて攻められる翔ちゃん」でした。
攻め返さないと気が済まないのがうちの翔ちゃん。

アンケリク、ありがとうございました!

2011.11.19






bkm



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