うたぷり短編 | ナノ


天然メロンパン



購買に残っていたさおとメロンパンは、その一つだけだった。

「あ…」

同時にのばした手が重なると、俺の見えないところにいた一人の女生徒が声を上げて、素早くひっこめる。

「す、すまない」

同じようにして俺も手を引っ込め、女生徒を見た。見覚えのある丸眼鏡。確か、同じクラスの名字とかいう。教室ではぽつりと座って読書をしている姿が大半の、大人しい奴だ。

「む……」

さてこの場をどうしようかと考える。残っているパンは一つ、欲する人間は二人。ならば、どちらかが退かなくてはならない。
となれば、俺が退散するのが正解だろう。男女差の不平等を擁護するというか、レディファーストの理屈から、だ。

「あ、あの、どうぞ」

そんなことを考えている間に、名字がきょどきょどとパンの袋をこちらに押しやった。
そのまま「ではっ」とどこかに行こうとしたので、反射的にその手を掴んで引き留める。

「ひゃっ」
「待て名字、このパンは…」

お前が買うべきだ、そう言いかけて思わず言葉を失ったのは、振り向いた名字の顔が真っ赤に染まっていたためだ。ぴくんと動いた手首を離すと、名字は再び向こうを向く。

「…名字?」
「あっ、ち、ちが…そ、そういうわけじゃなくて…!」

錯乱しているのか、よくわからない言葉をか細く呟いている。両の手のひらで頬を包み、ふるふると頭を小刻みにふるわせる。

「ち、ちがくって、その、あ、あの…」
「具合でも悪いのか?」

あうあうと唸る名字に、俺は首を傾げた。熱があるのではないかと思うほど、彼女の耳が真っ赤になっている。もしそうならば大変だ。
肩を掴んでこちらを向かせ(はぅっ、という声が指の隙間から漏れた)、前髪をかき分ける。

「………………」
「ふむ…熱はないみたいだな」

額にぴたりと手のひらを当ててみるが、特に異常だというわけではない。彼女の平熱を知らないということはあるにせよ。
ふしゅー。空気が抜けたような音が漏れて、名字がその場に座り込んだ。

「名字?」
「うぅ…ご、ごめんなさい…」
「あ、いや…その、どうかしたのか?」
「ど、どうも、しないのでっ」

…いや。顔を腕に覆っている姿は、どうもしないことはないはずだが。

「名字」

彼女は、何か大きな悩み事を抱えているのかもしれない。もしそうならば、クラスメイトとして見逃すことはできなかった。
俺は名字の前に同じようにしゃがみ、できる限り優しく話しかける。

「名字、何か困っていることでもあるのか?」
「………なきにしも、あらず」
「俺でよければ話を聞くぞ」
「え、いや、むむむむり…」

ふむ、どうやらなかなか込み入ったことのようだな。
俺は名字の悩みを取り除いてやろうというおかしな正義感に燃えていた。クラスメイトのこのような姿を見れば、当然だ。
さしあたっては今日中というわけにいきそうもない。彼女の心の扉を開くためには、時間が必要みたいだ。

「名字」
「…はい」
「よければ明日、一緒に昼を食べないか」

はいっ!?と思わず真っ赤な顔を隠すことも忘れて、名字はばっと視線をこちらに向ける。

「お前ともっと仲良くなるためには、さおとメロンパンを食べながら語らうのが最適だと思うのだが」
「な、なかよ、く?」
「ああ」

ぽーっとその言葉を噛み砕いている名字に、「どうだ」と再び尋ねると、もの凄い勢いで首肯が返ってきた。
それを見届けてから、俺は立ち上がる。

「では明日の昼、またここで」
「は、はい…」

振り向くと、さっきの残り一つは既に買われていたが、どうせ明日も食べるのだからと、さして気にすることなく購買から出た。


天然メロンパン


(どーしよ…)
(あの聖川様と、ご飯…)
(う、嬉しすぎる…!)


――――――――――――

よくわからんことになりました。
アンケリク「まあ様とメロンパンとわたし」でした…でした?
なんか、やっぱり、よくわかんないです。

アンケリク、ありがとうございました!


2011.11.13






bkm



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