うたぷり短編 | ナノ


ウィズユアハンド



「…とも、二人とも!起きてくださ〜い」
「ん…」

体をそっと揺すられて、わたしは薄く目を開ける。眼鏡を外しているためぼんやりとしか周りを見えないけど、なんだか薄暗かった。

「なっちゃん?」
「はい」

そうか、中庭で翔くんと歌詞を考えてる間に寝ちゃったんだ。眼鏡が外れていると言うことは、結構故意的かも。
ふああと大きな欠伸をする。隣でわたしの肩にもたれかかって寝ていた翔くんも目を覚ましたみたいで、もぞもぞと体の向きをまっすぐにした。触れていたところのぬくもりが無くなって少し寂しい気持ちになる。

「あー…寝ちまってたか」
「みたい」
「寝顔、可愛かったです」
「可愛い言うな」

眼鏡をかける。翔くんが苦笑して、「うー」と伸びをした。両手を揚げて、固まった体をほぐす。

「あり」
「ん?」

――だけじゃなくて、何故かわたしの手もその動きを追いかけていった。翔の左手にぴったりとわたしの右手が寄り添っている。
翔くんがちょっと照れている。何故に。

「いや、まあ、手ぐらいなら後でいくらでも繋いでやるし…」
「なんか、離れないんだけど」

接触を断とうと手を引き戻すと、翔くんの手も一緒に付いてきた。彼の手首を反対方向に引っ張ってみるけど、取れない。

「ありり」
「いた、痛いって名前」
「あ、ごめん」

翔くんの苦痛の声にぱっと手首を解放する。そして、何故かくっついてしまっている手の甲同士をまじまじと見つめた。なんだかそれが当然であるかのごとく、違和感ゼロ。感触としてはやっぱり変な感じだけどね、暖かさとか。
翔くんも顔をしかめて、しきりに手をもぞもぞと動かす。離そうとしているのかな。指がわたしの指に絡んできたので、手を丸めて翔くんが動かしやすいようにしてあげる。
何故か彼の頬がむくんだ。

「名前…」
「不思議ですねぇ」
「不思議だねぇ」

翔くんはさておき、わたしはなっちゃんと顔を見合わせて首を傾げた。ううんと、どうしよう。このままだと、結構困ることだらけな気がする。ご飯とか。
ご飯?

ぐう。

「あは」

ご飯のことを思い出すと、自然とお腹が音を立てた。思案げだったなっちゃんも笑顔になって、

「ふふ。とりあえずご飯に行きましょうか。本当は二人を誘うために来たんですよ〜」
「行くー」
「え…このままで!?」

うるさい翔くんを無理に引っ張って、夕日もほとんど沈んだ中、食堂に向けて三人で歩いていった。
ほのかに延びるわたしたちの淡い影は、まるで手を繋いでいるみたいだった。







「ということがあったのです」
「もはやホラーだね…」

食事の席で、音也がそう感想を述べた。彼はわたしたちが入ってきたのを見て翔くんににやつきを送っていたけど、今は哀れみの視線を向けている。

「俺は、二人がついに校則を破っちゃったのかと思ったよ」
「それはないです、神宮寺さん」

取り巻きを払った神宮寺さんの言葉に冷静に答えると、つながった手が明らかに脱力した。神宮寺さんも翔くんに哀れみの視線を送り始める。なんなんだ。


「それ、どうやっても取れないの?」
「それが取れないの。化学でいう共有結合くらい強い接着だよ」
「では、何かを作用させなければいけませんね」
「何かがあるとしたら、ね」
「そうなんだよねともっち」

うーん、とはるっち、ともっち、トキヤさんと腕を組んで考え込む。わたしだけ片腕しか組めないけど。

「…とりあえず、飯を食べよう」
「あ、そだね」

真斗くんの言葉で、お腹が空いていることを思い出す。ていうかご飯を目の前にして、何でわたしは考え込んでいたんだろう。

「で、どうやって?」
「それだ」

ああそうだ、右利きのわたしが左手しか使えない状態でどうやってご飯を食べるかという問題に直面したんだ。
翔くんと目を見交わす。

「パンにすればよかった」
「今更だろ」

うーん、と今度は翔くんと考え込む。右手が使えないなんて、イスラム世界じゃ生きていけないな。顎に手を当てて考えていた翔くんは、「そうだ」と晴れやかな顔になって椅子をこちらに寄せた。

「名前」
「ん?」
「あーん」

……え。
翔くんはわたしの箸でご飯を掬い、そのまま口元に持ってきた。え、あの、あーん?
みんなをちらりと見ると、視線をさらりと逸らされた。

「さすがに恥ずかしいんだけど」
「けど、これしか方法無いだろ」
「無いことはないと思うけど」
「俺も腹減ってるんだよ。早く食べろって」

これは、大人しく従うのが賢いかな。あのシャイな翔くんの目が据わっている。
わたしは口を開け、米粒を受け入れた。もぐもぐと咀嚼すると、唾液と絡み合った程良い甘さが口内を支配する。日本人でよかったと思う瞬間だ。
一仕事終えたような顔をしている翔くんも、そのまま自分の食膳をつついた。「うん、うまい」交わしあった笑みは、音也の一言でぴしりと固まる。

「あ、間接キス」
「〜〜――っ!!」

瞬間、ぼぼっと顔が熱くなった。え、えっと、落ち着け。何でこんなことで動揺してるんだ自分は。心臓がばくばくと鳴り始める。翔くんを見れば、彼もまた顔が真っ赤になっていた。
え、えっとまさかこのどきどきって――

「ラブの気配がしてるのよー!」
「うわあああああ!」
「んん〜?ラブはどーこでースカー」
「無いです!ラブなんて無いです!」

ふってわいた学園長に驚いて、さっき感じたどきどきが消えていく。
疑いの目を間近で向けてくる学園長に笑顔を繕うと、「フム、」と静かになった。
ていうか、本当にどこから入ってきたんですか…!

「ム?その手…」
「え?あ、これはいつの間にかくっついちゃってて」
「くっつく?」

わたしは学園長の気を逸らそうと必死に経緯を説明した。
すると学園長は何か思うところがあったのか、少しの間押し黙った。

「学園長?」
「Ms.名字、Mr.来栖、後で学園長室に来てクダサーイ」
「え?」
「ソレ」

でもそれはほんのわずかなことで、学園長はいつもの陽気さを取り戻してわたしたちの手を指さした。

「ミーの超ウルトラスーパーストロング接着剤が原因ね〜」
「は!?」
「え、どゆこと…ってどこ行ったの学園長!?」

その言葉に思わず席を立ち、更なる説明を求めようとしたけど、既に学園長は影も形もなかった。
翔くんと再び顔を見合わせる。
そうして二人で顔を真っ赤にしたことを忘れ、わたしたちはただ苦笑を交わすだけだった。



ウィズユアハンド



「失礼しました」

無事二つに分かれた手をゆらゆらと振りながら、わたしたちは学園長室を後にした。
すっきりだね、と言おうとしたけど、再び手に暖かな感触が与えられたので、口に出すことはなかった。
わたしの手は、翔くんによってしっかりとつながれていた。

「俺、裏側じゃなくて、」

きゅっと力を入れられると、また心臓がどくんと飛び跳ねた。

「こうやって、ちゃんと手を繋ぎたかったんだ」

はにかんだ笑顔に、顔の熱がしばらく引くことはなかった。


――――――――――――

アンケリクより「手がくっつく」でした。
経緯は想像してみてください。
ていうか長い…

アンケリク、ありがとうございました!

2011.11.06






bkm



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