うたぷり短編 | ナノ


1秒後、



かち、こち、かち、こち。
時計の秒針は一定のリズムを刻み、休むことなく一秒先へと時刻を変化させてゆく。
何度見たか知れないその六角時計に目をやる。しかし、いくら見直したって時間がすり減っていくだけだった。

10時43分14秒。

夜の帳が日本を覆い尽くす中、あたしは一人で自室に座っていた。

「……――」

ただ、座っているだけ。それだからこそ、時間の歩みが鈍く感じられる。
早く時が経ってほしいと切に思う反面、永遠にこの時を閉じこめてしまいたいとも思う。
そんなパラドックスが生じているのは、当然理由がある。

「…食べちゃおうかなあ…」

あたしの目の前にあるのは、少し小さめなワンホールのケーキ。真ん中には太めの蝋燭を一本立てている。誰がどう見たって、誕生日ケーキである。
今日――と言ってもあと一時間強しかないけれど――は、あたしの誕生日なのだ。
午前中には、色んな人にお祝いしてもらった。事務所のみなさんや、春歌ちゃん、ともちゃんみたいな学園時代の友人たち。

『おめでとう!』

電話やメールでそう伝えられる度に、ああ、あたしは良い友人を持ったと痛感した。

――だけど。

そんな中で、一人だけ何の音沙汰もない人がいた。
それが、あたしのパートナーである翔くんだ。
学園を卒業してからも、あたしたちはパートナーの関係を崩さずに活動を開始した。あたしは翔くんのために曲を作り、翔くんがそれを世に羽ばたかせる。
…あたしたちの間柄がそんなビジネスパートナー的な要素のみから成り立つならば、今こんなに暗い気分でいることはなかったろうに。

それはいつからだったろう。
あたしは翔くんが好きだ。

一人の異性として、好きだ。はっきりと口に出すことはなかったけど、多分翔くんもあたしを好きでいてくれてる…と、思う。
形にしたら、壊れてしまいそうなくらいに、好きだ。
そんな翔くんは、一昨日『明後日はケーキ買って部屋で待ってろ』と簡潔なメールをよこした後、何も連絡がない。

時刻は、10時50分をまわった。
翔くんを待ち続けて、丁度二時間が経過したことになる。

――来ないかも。
そんな考えが頭をよぎる。翔くんは絶好調で売れまくっている。既に人気アイドルの仲間入りをしているほどなわけで、色んな仕事にひっぱりだこだ。バラエティ、歌番組、…ドラマにも抜擢されるんだろう、いつか。

寂しいなんて、思ってはいけないのだ。

彼がこんなに忙しいのは、あたしも望む所なんだから。
『誕生日だから』――共にいて欲しいなんて、そんなの都合がよすぎるよね。

55分。

11時になったらケーキを食べて寝てしまおう。後5分、5分だけは、翔くんに会えるかもという期待を持たせて下さい。
祈りを捧げるように、あたしは手を組んだ。いや、むしろ本当に祈っていた。
だけど時間は無情なもので、11時を告げる鐘が、残酷にも響きわたった。

「………」

もう、いいや。あたしの中で、張りつめていた物がふっと緩んだ。組んでいた両手を離し、テーブルに置く。
――翔くん、が悪いなんて、思っちゃ、いけない。
ケーキナイフで1ピースを切り出し、用意していたお皿に乗せる。
とうに蝋燭なんて、引っこ抜いている。

「…ハッピ、バースデー、トゥ、ミィ」

かすれた声で、無理矢理に明るい調子を絞り出す。

「ハッピ、バースデー、トゥ、ミィ」

翔くんは悪くない。悪いのは、あたしだ。おかしな期待をした、あたしの独りよがりだ。
だから、辛さなんて、感じるべきではないんだ。

「ハッピ、バースデー、ディア、名前…」

なのに、どうして?
考えれば考えるほどに、あたしの目からは涙があふれていく。
顎を伝ったそれは、ぽとりとケーキの上に落ちた。

「ハッピ、バースデー、トゥ、ミィ…――」

最後までかすれた声で、涙混じりの嗚咽を含み、その歌は、静かに消え入った。

11時2分。

ケーキを食べる気も起きず、あたしは一人、孤独を感じて泣いた。










bkm



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