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今しか見えない
い…今起こったことを、ありのままに話すよ。
信じられないかもしれないが、よく聞いてくれ。
『翔ちゃんの部屋に入ったと思ったら、壁際に追い込まれた』
わたしにも何が起こったかさっぱりわからない。
壁を背にし、頭の横で手がつなぎ止められ、足の間には翔ちゃんの膝が割り込み、完全に身動きがとれない。
吐息一つが相手にかかる、そんな超至近距離で、翔ちゃんは切なげな眼差しを向けていた。
なんで?
どういうこと?
尋ねようにも、初めて感じる『男としての翔ちゃん』に恐怖して、口を開くことすらままならない。
それにしたってこの状況。だって、これはまるで。
まるで、わたしが襲われてるみたいじゃないか。
また少し、翔ちゃんが距離を縮めた。わたしは動けない。静かに大きく息をするだけしかできない。
「――――――」
「んっ!」
名前、と微かに聞こえた気がした。そして翔ちゃんはそのまま素早くわたしに唇を押し当てる。
ああ、ファーストキスだ。
それは確かにいつか夢に見たことだったけれど、合わさった唇がぴくりと動く度に全身の力が抜けていくけど、わたしの脳内は相変わらず『恐怖』の二文字が刻まれていた。
どうして。
どうしてこんなこと。
ちらりと頭にそんな疑問が浮かぶ。
けれど、長い口付けから解放された唇は、ただ酸素を求めてあえぐだけだった。
左手が離される。力の抜けた腕はそのままぷらんと垂れ下がった。
翔ちゃんの右手が頬にあてられ、息も整わぬ内に再び唇が重ねられる。
「んぅ…!?」
しかし今度のキスは勝手が違った。唇を割ってにゅるりと侵入してきたのは、間違いなく翔ちゃんの舌だ。驚いて歯を閉じ、その先へ入れないようにする。
どうして。
ねえ、どうして?
「――…っ」
ねっとりと歯列を舐められて、その官能的な感触に思わず口の力が緩まりそうになる。それでもわずかに耐え抜いて、いやいやと小さく首を振った。
目尻から、不思議な涙が伝う。
そして再び唇が自由になった。薄く目を開ければ、怒っているような、苦しんでいるような、そんな瞳と視線が交錯する。
「拒否、すんなよ」
その低い声だけで、わたしの体は翔ちゃんの支配下に置かれてしまった。いつもの元気な声ではない。身を焦がすほどの衝動を知った、大人の響き。
「――名前」
「あ…っ」
聞くだけで切なくなる。体の自由が利かなくなったわたしに、翔ちゃんはさらに口付けた。抵抗できず、舌の進入を許す。口内をゆっくりと侵され、時折舌にも絡めてくる。熱い吐息のなんと気持ちよいこと。
もう、全てがどうでもよくなるほど。そんな快楽がわたしを襲っていた。
ひとしきりそれを堪能した後、糸を引きながら少し距離をとる翔ちゃんを、わたしはただうつろな目で見つめることしかできない。
ぐい、と手首を引かれれば、その胸に倒れ込むしかなかった。
はあはあと息を求めるわたしの耳元で、あの甘い声で囁かれる。
「名前」
「…ぅ…」
「名前」
耳に唇を押し付けて、直接鼓膜を揺らされる。
ちろりと耳の中を舌が這い、体に電流が走ったかのような衝撃が生じた。
「ひ、あぁ…っ」
高くてかすれた、そんな変な声が喉の奥から出る。
「かわい…」
「やぁ…っ」
ぽたぽたと、涙が翔ちゃんの肩に垂れていく。
目尻の雫が拭われて、無理に目を合わせられる。
「ごめん」
「――しょ」
「ごめん、だいすきだ」
そう囁いて彼は、また強引に唇を重ねた。
今しか見えない
ああ、なんて愚かなわたしたち。
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退学しそう…
初っ端ポルナレフだけどギャグじゃないっていう。
2011.10.16
bkm
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