うたぷり短編 | ナノ


恋愛通信



明日、トキヤが帰ってくる。
アイドル『HAYATO』として活躍しているあたしの友人、というか腐れ縁?な一ノ瀬トキヤが、学園休暇と仕事休みを利用して、久々にこっちへ帰ってくるのだ。
メールで知らせを受けたとき、それはもう小躍りしちゃうくらい喜んだ。ずーっと会っていなかったしね。中学まではずっと一緒にいるのが当たり前だったのに、片や芸能人、片や一般女子高校生だ。向こうは忙しいだろうからあたしから連絡を取ることは無かったし、トキヤは(HAYATOモードは異常なテンションだが)普段からむっつりクール系だから便りなんてくれやしないし。
あたしも寂しいが、使われない互いのアドレスが一番可哀想だった。
そこにきてなんとびっくりトキヤからメールが来たわけだ。彼らしい簡素な文章だった。速攻保護しましたさ、ええ。
本当ならトキヤと明日丸一日遊びたいのだが、そうもいかないのがあたしの社会的身分。つまり受験生なのですよ。あたしはちょっと無理して都心の大学を受けるつもりなので、休みだってお構いなしに勉強しなきゃいけないのだ。
そこで参謀名前の一計である。
トキヤに教えてもらえばいいじゃん!
彼はなかなか頭がよい。クイズ番組でもキャラに似合わずばかばか正解している。あたしは文系、トキヤは理系。ちょうどいい、数学でも教えてもらおうじゃないか。
そう思って打診したところ、承諾が返ってきた。
明日の昼から、トキヤの家で勉強会がんばろー!








「それで、どこがわからないのですか」
「えっと、ここ」

久しぶりに入ったトキヤの部屋は、記憶と同じく殺風景な物だった。
真ん中に置かれたテーブルで、数学のプリントを広げている。
眉をぎゅっと寄せて問題を見るトキヤをちらりと盗み見る。昼、玄関で出迎えてくれた彼を見たときは驚いた。だって、あまりにも格好良かったから。長く会っていなかったからだろうか、男前に磨きが掛かっている気がする。すごく、ドキドキする。

「なんですか、名前」
「男子ってずるいよね」
「は?」

シャーペンをかちかちさせながら、あたしはそうため息をついた。意味が分かっていなさそうなトキヤは放っておく。本当に男子ってずるい。昔はあたしの方が背が高かったし、もっと童顔だったのに、すぐに女の子を抜かしてしまう。

「なんでもないっ。そんで、ここ」

訝しげな視線を手で払い、あたしはトントンとプリントを叩いた。数列の問題。途中の一般式までは出したのだが、和の計算がうまくいかないのだ。

「Σを使っても、どうも答えと合わなくて」
「どれどれ。…ああ、これはΣを使っては巧くいかない問題ですよ。一般式をよく見てください」
「むむむ」

教えるために身をこちらに寄せたトキヤ。ふわりと彼の匂いが鼻腔をくすぐり、なんだか距離の近さを意識してしまう。
こんなこと、今までなかったのに。
トキヤは昔からの腐れ縁で、こんなに心臓が音を立てる対象じゃあ無いはずなのに。
恥ずかしさを隠すように、あたしは文字を見つめた。

「…で?」
「等差×等比の和、と言えばわかりますか?」
「……あああああ!」
「うるさいです」

そうか、わかった!と理解から来る爽やかな衝動に任せて、顔をしかめたトキヤをばんばんと軽く叩く。その後解き直せば、悩んだ時間は何だったんだと言うくらい早く正解にたどり着いた。

「はーっ、すっきりだわー」
「それはよかった」

ありがとね、と笑顔で言えば、トキヤは少し迷うような表情を見せる。そして、口を開いた。

「お礼だと思って、一つしていただきたいことがあるのですが」
「ん?」

何でも聞くぜ、を意味するように親指を突き出す。

「私が、あちらに戻ってからも」

その時のトキヤの顔は、今までにない大人っぽさを漂わせていた。

「メールを、くれませんか」
「メール?」
「はい」

真面目な顔で頷くトキヤ。

「仕事は?」
「メールくらい平気です。…名前がいない間、私がどれだけ淋しかったか、わかりますか」
「…淋しかったの?」

二度は言いませんとばかりに、トキヤはふいと視線を逸らした。
知らず、笑みがこぼれてくる。

「おっけー、メールするね」
「たまには、電話もします」
「うん。楽しみにしてるよ」

あたしも、たぶんトキヤも気づかないうちに。
左手には、彼の骨ばった右手が絡まっていた。


恋愛通信


「あたしも寂しかったよ」と言えば、トキヤはさらなる温もりをくれた。


――――――――――

アンケリクより「トキヤと勉強会、甘」でした!

リクエスト消化にひいひい言ってます。

2011.10.15






bkm



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