うたぷり短編 | ナノ


悪戯相手は選びましょう



朝、食堂に集まったいつものメンバーには、仏頂面したマイパートナーがいなかった。

「一十木くんや」

「ん?あ、名前おはよー」

「うん、おはよ。一ノ瀬くんは?」

ああ、と今日も朝っぱらから真っ赤な一十木くんは笑う。

「なんか重大事件が起こったみたいでさ」

「何それ!?」

いや、事件なら笑ってられないでしょう一十木くん。とりあえずぺしんと頭をはたく。呑気にピザ食べてる場合ですか。

「何するのさ」

「一ノ瀬くん大丈夫なの?」

「うーん、あんまり大丈夫じゃないかも痛いっ!」

「大丈夫じゃないなら何故ほっといたし!」

今度はすぱんと音を立てて一十木くんを叩く。「うーん」ピザを置き、頭をさすりながら一十木くんは言う。

「気になるなら、見に行っていいよ」

「どういうことよ」

「今ならトキヤがいるから鍵あいてるし、様子見てきてよ」

見ればわかるからさ、という言葉にうなずいて、あたしは一ノ瀬くんの所へ行くことにした。







「一ノ瀬くん?入りますよー」

…返事がない。まさかただの屍にはなっていないと思うんだけど。
一十木くんに、「勝手に入ってもいいから」と言われているので、遠慮なくお邪魔することにした。
ドアノブに手をかけ、開ける。

「いちの」

そしてあたしは固まった。部屋の中の光景は、想像を遥かに超えるものだった。

一ノ瀬くんが、ベッドの上でひたすら腹筋をしているのだ。

簡易なシャツとトレパン姿で、汗を飛び散らせながら上体を何度も起こし続けている。

「202、203、」

「…一ノ瀬、くん?」

小さく声をかけるが、気づかないようだ。一種トランス状態に入っている、のかな?かなり危ない人に見える。
一十木くんが言葉を濁したのも、わかる気がした。

いったい彼に何があったんだろう。
何が彼をああまで駆り立てるのだろう。
今度はもう一度、強く呼びかける。

「一ノ瀬くん!」

「にひゃく…おや、名字さん」

これは気づいてもらえたみたいだ。
汗をだらだら流す一ノ瀬くんにこわごわと近づき、何をやっているのかと尋ねた。

「腹筋ですが」

「見ればわかるよ。ご飯ほっといてまで腹筋なんて、何があったわけ?」

一ノ瀬くんは乱れた息を整えつつ、視線を下げた。追って見てみれば、そこにはシンプルな体重計が。
…体重計?

「…まさか」

「はい。…一キロ、増えていました」

女々しいわ!
そうツッコみたいのをぐっとこらえ、「そりゃ大変ですネ」と棒読みに言う。

「なんたる不覚…この私が体調管理を誤るとは…」

頭を抱えて唸る一ノ瀬くんを、あたしは冷めた表情で見ていた。
一キロって、誤差の範囲内じゃないの?お風呂前と後の差もそのくらいだよね。

心配して損したわ。

いやでも、とあたしは考え直す。こんな一ノ瀬くんは滅多に見られない。

…ならば、遊ぶしかないっ!

「それは…重大だね」

「ええ」

「ひょっとしたら、何か病を患ってるのかもね」

「…どういうことですか」

一ノ瀬くんが不安げな瞳で見上げてくる。
一ノ瀬くんが可愛いとか、初めて思ったよ。
女々しいけど。

「聞いたことあるんだ。体重が一キロずつ増えていく病気」

「なんですって…!」

「学名をウェイトウェイ・イルネス。和名では、…増量病」

「ぞ、増量病…!?」

おそろしや、と彼は身を縮まらせた。普段のクールな一ノ瀬くんはもうどこにもいない。
楽しすぎる。

「そう言われれば、なんだかお腹が痛いような…」

おなかが空いてるだけじゃないかな。
思ったことを口には出さず、あたしは深刻な顔で頷く。

「治すためには、三回まわってワンと鳴いた後、持ち歌を熱唱しながらスクワットをしなきゃいけないんだ」

「そんな治療法が!?」

「イギリステューダー朝の頃から確立されています」

「格式高いですね…」

嘘だしね。
一ノ瀬くんは少しの迷いもなく実行しようとしたが、一回転しただけで「う」と顔をゆがませた。

「お、お腹が…すみません、トイレに行ってきます」

「はいな」



十数分後、戻ってきた一ノ瀬くんは、なんだかたいそうご立腹のようだった。…怖い。
おかえり、という声を無視して、彼は体重計に立つ。

「い、一ノ瀬くん?」

「名字さん。落ち着いてみたらすべてわかりましたよ…許しません」

「え、ちょ」

一ノ瀬くんは超冷静になっていた。トイレでいったい何があったのだろう。
後ずさりするあたしを簡単に捕まえて、ぽいとベッドに投げられる。
抵抗できないように抑えつけられて、靴下を脱がされた。
長い指が、足の裏に当てられた。

「ななななになに痛いーっ!?ぎゃあーっ!!」

「あなたも健康にしてあげましょう」

「やー!うぎゃあっ!ギブギブごめんなさいいいっ!!」

「このツボが特に効くらしいですよ」

「わあーっ!!」


悪戯相手は選びましょう


「はあ、はあ、はあ…」

「トキヤ大丈夫ーって名前!?」

「お仕置きしました」

「何それ…」



――――――――――

アンケより、「ドジったトキヤをからかうヒロイン」でした!

トキヤの増量は、…察してあげてください。

2011.10.10






bkm



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