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悪戯相手は選びましょう
朝、食堂に集まったいつものメンバーには、仏頂面したマイパートナーがいなかった。
「一十木くんや」
「ん?あ、名前おはよー」
「うん、おはよ。一ノ瀬くんは?」
ああ、と今日も朝っぱらから真っ赤な一十木くんは笑う。
「なんか重大事件が起こったみたいでさ」
「何それ!?」
いや、事件なら笑ってられないでしょう一十木くん。とりあえずぺしんと頭をはたく。呑気にピザ食べてる場合ですか。
「何するのさ」
「一ノ瀬くん大丈夫なの?」
「うーん、あんまり大丈夫じゃないかも痛いっ!」
「大丈夫じゃないなら何故ほっといたし!」
今度はすぱんと音を立てて一十木くんを叩く。「うーん」ピザを置き、頭をさすりながら一十木くんは言う。
「気になるなら、見に行っていいよ」
「どういうことよ」
「今ならトキヤがいるから鍵あいてるし、様子見てきてよ」
見ればわかるからさ、という言葉にうなずいて、あたしは一ノ瀬くんの所へ行くことにした。
◇
「一ノ瀬くん?入りますよー」
…返事がない。まさかただの屍にはなっていないと思うんだけど。
一十木くんに、「勝手に入ってもいいから」と言われているので、遠慮なくお邪魔することにした。
ドアノブに手をかけ、開ける。
「いちの」
そしてあたしは固まった。部屋の中の光景は、想像を遥かに超えるものだった。
一ノ瀬くんが、ベッドの上でひたすら腹筋をしているのだ。
簡易なシャツとトレパン姿で、汗を飛び散らせながら上体を何度も起こし続けている。
「202、203、」
「…一ノ瀬、くん?」
小さく声をかけるが、気づかないようだ。一種トランス状態に入っている、のかな?かなり危ない人に見える。
一十木くんが言葉を濁したのも、わかる気がした。
いったい彼に何があったんだろう。
何が彼をああまで駆り立てるのだろう。
今度はもう一度、強く呼びかける。
「一ノ瀬くん!」
「にひゃく…おや、名字さん」
これは気づいてもらえたみたいだ。
汗をだらだら流す一ノ瀬くんにこわごわと近づき、何をやっているのかと尋ねた。
「腹筋ですが」
「見ればわかるよ。ご飯ほっといてまで腹筋なんて、何があったわけ?」
一ノ瀬くんは乱れた息を整えつつ、視線を下げた。追って見てみれば、そこにはシンプルな体重計が。
…体重計?
「…まさか」
「はい。…一キロ、増えていました」
女々しいわ!
そうツッコみたいのをぐっとこらえ、「そりゃ大変ですネ」と棒読みに言う。
「なんたる不覚…この私が体調管理を誤るとは…」
頭を抱えて唸る一ノ瀬くんを、あたしは冷めた表情で見ていた。
一キロって、誤差の範囲内じゃないの?お風呂前と後の差もそのくらいだよね。
心配して損したわ。
いやでも、とあたしは考え直す。こんな一ノ瀬くんは滅多に見られない。
…ならば、遊ぶしかないっ!
「それは…重大だね」
「ええ」
「ひょっとしたら、何か病を患ってるのかもね」
「…どういうことですか」
一ノ瀬くんが不安げな瞳で見上げてくる。
一ノ瀬くんが可愛いとか、初めて思ったよ。
女々しいけど。
「聞いたことあるんだ。体重が一キロずつ増えていく病気」
「なんですって…!」
「学名をウェイトウェイ・イルネス。和名では、…増量病」
「ぞ、増量病…!?」
おそろしや、と彼は身を縮まらせた。普段のクールな一ノ瀬くんはもうどこにもいない。
楽しすぎる。
「そう言われれば、なんだかお腹が痛いような…」
おなかが空いてるだけじゃないかな。
思ったことを口には出さず、あたしは深刻な顔で頷く。
「治すためには、三回まわってワンと鳴いた後、持ち歌を熱唱しながらスクワットをしなきゃいけないんだ」
「そんな治療法が!?」
「イギリステューダー朝の頃から確立されています」
「格式高いですね…」
嘘だしね。
一ノ瀬くんは少しの迷いもなく実行しようとしたが、一回転しただけで「う」と顔をゆがませた。
「お、お腹が…すみません、トイレに行ってきます」
「はいな」
十数分後、戻ってきた一ノ瀬くんは、なんだかたいそうご立腹のようだった。…怖い。
おかえり、という声を無視して、彼は体重計に立つ。
「い、一ノ瀬くん?」
「名字さん。落ち着いてみたらすべてわかりましたよ…許しません」
「え、ちょ」
一ノ瀬くんは超冷静になっていた。トイレでいったい何があったのだろう。
後ずさりするあたしを簡単に捕まえて、ぽいとベッドに投げられる。
抵抗できないように抑えつけられて、靴下を脱がされた。
長い指が、足の裏に当てられた。
「ななななになに痛いーっ!?ぎゃあーっ!!」
「あなたも健康にしてあげましょう」
「やー!うぎゃあっ!ギブギブごめんなさいいいっ!!」
「このツボが特に効くらしいですよ」
「わあーっ!!」
悪戯相手は選びましょう
「はあ、はあ、はあ…」
「トキヤ大丈夫ーって名前!?」
「お仕置きしました」
「何それ…」
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アンケより、「ドジったトキヤをからかうヒロイン」でした!
トキヤの増量は、…察してあげてください。
2011.10.10
bkm
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