うたぷり短編 | ナノ


欲しいのは、零距離



こんこん、とドアをノックすると、「誰だー?」という声が聞こえたので、「私だよん!」と返した。
がちゃりとドアを開けてくれたのは、翔ちゃん。ううん、今日も可愛い。キュートキュート。

「どうした?」
「漫画読みに来たー」
「なんで毎回ここ来るんだよ」
「一人は寂しいのよ。よよよ」
「ばーか」

泣き真似をしてみせると、翔ちゃんは笑って私の頭を小突いた。
私のルームメイトは退学した。絶対の校則、恋愛禁止令を破って。
中にはいると、なっちゃんが一生懸命裁縫をしていた。

「やあなっちゃん、今日もおっきいね」
「ニックは今日も可愛いですよ〜」
「那月、あんまりそういうこと言うなよな」
「嫉妬かい翔ちゃん、可愛いなあ」
「だあっ!可愛くねえ!」

怒る翔ちゃんに笑い声をあげて、私は彼のベッドにダイブした。
翔ちゃんの匂いがする、とか言ったら変態になっちゃうかな?

「ふははは!ベッドは占領させてもらった!」
「ああもうっ、暴れんなっての!漫画読むんだろ!」
「ああ、そうだった」

まったく、とぼやきながら私が乱したシーツを整え、半分空けてあげたスペースに翔ちゃんも転んで雑誌を読み始めた。

「なんか、さすがに狭いね」
「まあ、落ちねえし」
「うわぁ、すごくぎゅうってしたいです二人とも〜」
「絶対やんなよ!」
「ふふふ。あ、完成しました〜。早速オトくんに渡してきます!」

ぷちっと糸をかみ切り、なっちゃんが出て行った。

「何縫ってたの?」
「音也のズボンが破れたから、修繕だってよ」
「へえ、器用そうだし、私も何か頼もうかなー」
「恥ずかしいアップリケが欲しいなら、それもいいだろう」
「アップリケ…翔ちゃんは何をゲットしたんだい?」
「ウサギ…」
「あはははは、可愛すぎるっ」
「うるせ!だから可愛い言うなっての!」

翔ちゃんと話していると、本当に楽しい。色んな話題にもちゃんと対応してくれるし、反応もいい。それに、とても優しい。
好きなんだろうと思う。きっと、いつからかははっきりしないけど、私は翔ちゃんが好き。だけどそんな言葉は伝えられないから、結局この関係が一番心地いいんだ。

「あいたっ」
「どうした?…うわっ」

そんなおかしなことを考えていたら、ページを繰るときに指を切ってしまった。本に血が付かないように開いたまま伏せて、翔ちゃんに絆創膏をちょうだいと言おうとした。

「え、ちょ、翔ちゃん!?」

しかし彼の行動は予想外だった。私が反応する間もなく、指をつかんでぱくりとくわえたのだ。そっと舌で傷口を舐められて、唾液が染みるせいで痛いけど、それ以上に恥ずかしすぎた。

「あ、あのう、来栖さん?」
「うん」

うんじゃないよ!
私は体を固まらせたままだ。翔ちゃんはそんな私をちらりとみて、にっと笑った気がした。

「ひゃっ」

ちゅぱ、と音をたてて人差し指を吸われた。くちゅくちゅとわざと音を出しながら、翔ちゃんはまだ指を離してくれない。翔ちゃんの舌が、熱い。
そしてねっとりと丁寧に指先を舐められて、ようやく翔ちゃんは指から顔を上げた。

「消毒代わりな」
「びっ…くりした…」

そしてどきどきした。なんだか指を舐める翔ちゃんはいつもの可愛い翔ちゃんではなく、『男の子』って感じだったから。
たまに見せるこの表情が、私を引きつけてやまないのだ。
翔ちゃんは悪戯っぽく笑みを浮かべ、転んだまま私を強く抱き寄せてきた。

「わっ」
「ごめん、足りない」

翔ちゃんの胸に顔を埋める形になって(心臓が破裂しそうだ)、どういうつもりかと翔ちゃんを見上げる。

「んっ……!」

するとそれを狙っていたかのように翔ちゃんの顔が近づいてきて、唇同士が重なった。

すべての熱がただ一点に集中する。
熱くて、柔らかくて、優しい。
なんだか翔ちゃんの迷いや不安、そして――そして私を大切に思う気持ちが、触れ合った場所から全て伝わってきたような気さえ、した。

唇を重ねるだけの、しかし長くてゆっくりしたそのキスは急に終わりを告げ、翔ちゃんはそっと顔を離した。
その表情は、切なくて、でも愛しくて。胸がきゅうっと締め付けられた。

「翔、ちゃん」
「名前、俺…」

続きを言わない、言えない翔ちゃんに、私は思いっ切り抱きついた。ぐりぐりと肩口に頭を押しつけて、精一杯この気持ちを体で表現する。

大好きだよ、翔ちゃん。

人差し指の痛みなんて、もう何の問題にもならなかった。


欲しいのは、零距離

ひとつになっちゃいたい。と呟くと、俺も。と囁く声が返ってきた。


――――――――――

なんか翔ちゃんって甘くしようとしたら切なくなる。
トキヤや音也は禁止令無視させ(←)ても平気なんですけど、翔ちゃんは何かぎりぎりで迷うのが好きだ。
ていうか翔ちゃんが好きだ。

2011.09.25






bkm



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