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その五ミリ
ある日廊下を歩いていると、名前を呼ばれて引き止められた。その声は私が最も好きな声であり、最も緊張してしまう声である。
「な、何?トキヤくん」
どきどきしながらも振り返れば、そこにはいつもと変わらない姿で私のパートナーが立っていた。つかつかつか。無表情のままに私の側に寄ってくる。…ていうか、いつもよりかなり距離が近いんですけど。
「短い」
「ひゃあっ!?」
仏頂面を保って、トキヤくんは予想だにしない行動に出た。スカートをつまんだのだ。当然足が外気にさらされる。私は日頃からスパッツをはいていたので下着を見られることはなかったが、あまりの衝撃と恥ずかしさに硬直してしまう。世界一大胆なスカートめくりではないだろうか。トキヤくんは悪びれたところも見せないで、どころか少し眉をひそめている。お粗末な足だと思われているのだろうか。だとしたらかなりショックだ。これでも体型には気をつけているのだが、A組の渋谷さんや七海さんには及ばないし。何か言ってよトキヤくん!
「名前」
「は、はいっ」
「昨日より五ミリ短くなっています。女の子が余り足を出しすぎるのはどうかと思いますよ。男が欲情するでしょう」
は?五ミリ、欲情…?真顔で言い切った彼の真意がはかれない。普段からお節介なところはあったにせよ、こうもずけずけと言われたのは初めてだ。ええと。私はとりあえず謝っておく。するとトキヤくんはため息をついて、男が欲情したらどうするんですか、と言った。
「二回目ですよ」
「大事だから二度言うんです。もしこうやって――」
がしゃ、と私は窓に体を押しつけられた。え、と声を出す暇もなく、彼の端正な顔が近づいてくる。な、何を。トキヤくんの右手が私のリボンにかかり、左手はふとももに触れていた。ぎりぎりまで顔を近づけ、言葉を失っている私に囁きかける。
「ほら、貴女は簡単に囚われてしまう」
「ひぅ…っ」
さわり。左手を動かさないでくださいトキヤくん。その手付きがあまりに艶っぽかったので、私は思わぬ声を出してしまった。だ、誰かに見られたら。退学なんてことになるんじゃなかろうか。しかし変な声は出るくせに、諫めの声は出てこない。
「抵抗、しないんですね」
「できない…んですよ」
「その声も、仕草も…誘っているんですか?」
「や…ぁっ」
スパッツの裾に、トキヤくんの長い指がもぞりと潜り込んだ。初めての感覚に体がぞくりとする。ふぅと耳に息をかけられて、もうわけがわからない。
「…可愛いじゃないですか、名前…」
「ト、キ」
「いっそ、奪い尽くしてしまうのも――」
悪くありませんね。そう楽しそうに呟いて、トキヤくんはしゅるりとリボンを抜き取った。左手は尚もスパッツの中へ侵入してきている。私は声が出ないように必死で、されるがままになることしかできない。自然と涙が浮かんできた。どうしてこんなことに。大好きな彼の声も、その吐息一つ一つが恐怖の対象となる。誰か助けて。こんな『男性』なトキヤくん、私は知らない。
「涙もそそりますよ、名前…」
ぺろり。目尻を舐められた。そして軽く息を吸い込む音が聞こえて、トキヤくんの目がそっと閉じられた。
Riririririri!
しかし唇が合わさることはなく、トキヤくんの携帯が鳴る。舌打ちをしてトキヤくんは私を解放し、電話に出た。ずるずると壁に背をつけたまま、私は座り込む。
「――時間切れです、名前」
「へ…」
「私は早退します。ともかく、スカートを長くしてください」
では。そう言ってトキヤくんは行ってしまった。何だったのだ、一体。私はとてつもない虚無感と疲労感におそわれ、しばらくして見つけてくれた那月君に連れて帰ってもらった。腰が抜けていたのだ。
その五ミリ
「無防備すぎるんですよ」
車の中で、トキヤはそう呟いた。
――――――――――
アンケより、「変態一ノ瀬さん」でした。
変態…になってるのかな。沖田夢でも言いましたが、わたしは変態がわかりません!
ただ、こういう鬼畜男子は翔ちゃんじゃできんなぁと思って書きました。
リクエスト、ありがとうございました!
2011.09.14
bkm
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