うたぷり短編 | ナノ


フラグメント



「よっ」

「おーす来栖くん」


がやがやと学生でにぎわう食堂。その一角に座ってうどんを食べていた名前は帽子をかぶった少年に声をかけられる。
来栖と呼ばれた彼は「座っていいか?」と許可を取り、四人掛け机の向かいに座った。


「他の奴らは?」

「音也と春ちゃんはレコーディングルームで練習。真斗くんと那月くんはリンちゃん先生の手伝い、友ちゃんは風邪でお休み」

「あの渋谷に罹る風邪ってどんだけ強い菌だよ」

「放課後になったら春ちゃんとお見舞いに行ってくる。そっちこそ、トキヤさんと神宮寺レンは?」

「あー、トキヤは早退して、レンは日向先生に呼び出されてる。授業態度が悪いってさ」

「目に見えるようだわ、りゅーや先生の怒りようも」

「だろ」


片やうどんをすすり、片や定食をつつきながら、会話が弾んでゆく。


「ごちそうさまでした」

「ん、お前早いな」

「きつねうどんだし」


ひらひらと澄まし顔で手を振り、容器を片づけるために名前は席を立つ。すると来栖から「えー」という声があがった。


「何さ」

「俺が食うまで待ってくれてもいいじゃんか」


ふふふ、と彼女は笑みを漏らす。
そして、再びすとんと腰を下ろした。


「はいはい、可愛い王子様の仰せのままに」

「か、可愛い言うな!」

「自分が可愛くないと本気で思ってるんですかー?」

「これ以上傷口を広げんなよ…」


がくりと肩を落とす来栖の頭を、名前は帽子の上からぽんぽんと軽く叩く。慰めているつもりなのだろう。


「そこが君の魅力なんだから、元気だしなさい」

「いや俺はもっとこう…」

「トキヤさんみたいなクールも那月くんみたいな高身長も君には必要ないぜ」

「…………」


来栖は無言でキャベツの千切りを口に運ぶ。


「後りゅーや先生みたいな男気も」

「それが一番ショックなんですけど」

「来栖は可愛い男気を目指しなさい」

「初耳だ、そのジャンル…」


味噌汁をすすって一息つき、「そーいやさ」と話題を転換させる。


「なんでお前って俺様だけ名前で呼ばねーの?」

「名前?」


頬杖をついたまま、名前はうーんと首を傾げた。
瞬きすること三回、彼女は人差し指を出して来栖を指す。


「来栖」

「おう」

「本当だ、来栖だ」

「…まあ、そりゃそうだ」


「おー」と新発見をしたかのように目を丸くする名前。たまらず来栖は苦笑する。


「だから、俺様のことは名前で呼んでいいぜ」

「えーでも、二ヶ月間ずっと来栖だったし…」

「これからずっと翔って呼べば関係ねえし」

「ふむ、確かに」


いったん頷いた後、「てゆーかさ」と続ける。


「なんでそんなこと?」

「いや、他の奴みんな…レンは例外としても、みんな名前じゃんか。仲間外れっぽくて…」


若干気恥ずかしそうに言う来栖は、茶碗に残った白米を一気に口へかき込んだ。


「ふーん。じゃ、翔ちゃん」

「…お前が言うと軽く馬鹿にされてる気がする…」

「失礼な。そんな気持ちは微塵しかないよ」

「あるのかよ!?」

「じゃ、翔くん?うわ違う。来栖はくん付け似合わない。ってよりあたしが気持ち悪い」

「…お前、ひょっとして俺のこと嫌いか?」

「いえ大好きですけど」

「そうは見えねえ…」

「主にからかうのが」

「なんでこんな鬼畜がパートナーなんだ!」


叫ぶ来栖に対し、名前は冷静に水を口に含む。


「じゃ、翔ぽん」

「俺で遊ぶのやめろよ、まじで」


懇願する来栖に名前はにこりと笑んで「仕方ないなぁ」と席を立った。


「食べ終わったなら早く返して練習するぞ、翔」

「……!」


すたすたと先に行ってしまった彼女を追いかけ、来栖は慌てて立ち上がった。
その顔はどこか恥ずかしそうではあったが、嬉しさがストレートに表現された満面の笑みであった。


「待てよ、名前!」


フラグメント
(それは、ほんの小さなきっかけの一つ)


――――――――――

いい加減突発はやめた方がいい自分。
まだ恋すら知らない彼らの話。

2011.09.08






bkm



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