薄桜鬼短編 | ナノ


冬の太陽



冬の日差しは優しい。夏特有のぎらぎらした光線とは違い、暑いという感覚よりも暖かいという感想を抱かせる。それは空気自体が冷え切っているから嬉しさを感じるだけなのかもしれないけれど、とにかく私は冬の太陽が好きだ。直接見つめても、ある程度は耐えられる。もっとも、瞳に悪いと斉藤さんに止められたのだが。冷えた外気もその柔らかな暖気で打ち消してくれる気がする。だから私は寒さよりも自然の熱源を求めて庭先の縁側で足を伸ばしていた。――袴だからこそできる芸当である。着物だと窮屈で仕方ない。ここ数ヶ月ですっかり袴姿に慣れ、いまやこれでないと落ち着かない。色は暖を集めやすい黒だ。朝の冷気で固まっていた体も、太陽の力でほぐれてゆく。冬は色素が薄い。そして静かだ。葉のざわめく声も、蝉のけたたましい騒ぎも、何もない。だからこそ、私は冬が好きなのだ。静かな世界。何もかもが眠っているような静謐さこそ、私の愛するところなのだ。

「………………」

ずず、と茶をすする。音を立ててみたのは隣で寝息も深くぐっすりと休む彼へのあてつけだ。太陽と冬の他に好きなものをあげろと言われれば、私は彼の名を出すだろう。そう自覚するほどには惚れている。もちろん立場を考慮してそんな気持ちはとうてい口には出せやしない。それでも、人が日向ぼっこをしている最中に隣に腰掛けたときは胸がはやった。だが、彼はそのごまもなく眠ってしまった。昨日も遅くまで飲んでいたらしい。島原で色目を使われる彼など、想像したくはなかった。慕情を抱く相手に相手取られない。つまるところこの状況がさす事実とはそういうことなのだろう。私も女だ。正直に言ってかなり傷ついてはいる。それこそ、太陽の日差しでは足りない暖かさで心を覆ってほしいと思ってしまう。けれどそれは――過ぎた願いなのだろう。私は余所者で、そもそも彼らの監視対象だ。厄介者なのだ。斬り捨てず、まともな応対をしてくれるだけでもありがたいと思うし、思わねばならない。私とて、うかうかと恋になど落ちている場合ではないのだ。新撰組で匿われるという特殊事態に、慣れてはいけなかったのだ。太陽を見上げる。こうして太陽と視線を合わせる。どこにいても、太陽だけは同じだ。いつでも暖かく、力強い。

「…………へいすけ、さん」

聞こえるか聞こえないか――ほとんど唇しか動かさず、私はそう呟いた。名を呼ぶことを求められ、許された。そんなことすら私には新鮮で、名を呼ぶ彼の笑顔を眩く感じた。その笑顔は、夏の光線だ。私の身に余る、ただ力を放出するだけの無邪気な太陽だ。はじめは、そう思っていた。距離の取り方もわからず、ただぎらぎらした熱源に近づかないようにしていた。――しかし、嗚呼何時だったろうか、彼がふと弱々しい笑みを浮かべて、自分が嫌いなのか、話しかけて悪かった、そう言ったことがあったのだ。とんでもない、ただ元気の良さが釣り合わないのだと無口ながら必死に伝えると、じゃあ控えめに仲良くしようぜと言ってただ笑顔を浮かべた。不思議なことにその笑顔は柔らかくて、優しくて、夏ではなく冬の太陽を想起させたのだ。それから、彼と幾度となく話をしたが、その感覚は未だに根強く残っている。彼という人間の、本当の脆さを垣間見たからだろうか。わからない。ただわかるのは、そのときから私は確実に彼に惹かれ始めたということ。恋慕の情を抱くようになってしまったということだ。

「……………………」

柱に寄りかかって眠る彼の袖をそっと引き、こちらに体が寄りかかるようにする。丁度良いように私の体重も預けると、人肌の温もりが触れ合った部分からじわりと広がってきた。優しい暖かさ。具体であれ抽象であれ、私がもっとも求めるもの。彼が目を覚ましたら失われるなんてわかっている。それでも今この幸せをただ享受していたくて、私は目を閉じた。


冬の太陽

(冷えた体を暖めるのは、日差し)
(冷えた心を暖めるのは、あなた)

――――――――――

ほぼ地の文だけにチャレンジしたかった。それだけ。

平助バージョンも書きたい。

2011.09.18







bkm



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