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希望の光は絶望の色
蘇る記憶。
血と怒声の飛び交う、忌まわしき戦場。
『どうして…どうして元々仲間同士だったのに、争わなきゃいけないの!?』
『黙れ小娘!!』
あのとき、あたしは死を覚悟した。愛しい人に会いたい一心でついていったのに、単なるお荷物以下になっていた。
それなのに。
『名前っ!!』
あなたはこんなあたしの代わりに死ぬほどの深手を負って、
『お前を守れたなら、オレはもう充分だ』
『馬鹿なこと言わないでよ!』
そして、
『生きたいですか?』
『――ああ』
あなたは、闇へ堕ちていった。
「――…っ!!」
「名前?」
平助が羅刹になったあの日から、あたしがここで――羅刹隊の部屋で寝泊まりすることを、みんなが黙認してくれていた。
「…また、あの夢を見たのか」
「……うん」
あたしは昼型、平助は夜型。そんな逆転してしまった生活は、相手の寝顔を見ることくらいしかできないけど。
それでもあたしは、平助の側にいたかった。
「縁側、出るか」
「…ん」
障子を開けて、庭を見通せる縁側に腰掛けた。「風邪引くぞ」と後ろから羽織をかけてくれた平助も隣に座る。
そっと右手に、暖かな彼の左手が重なった。
そのまましばらく二人で月を見上げる。三日月の夜だった。雲はなく、晴れ渡った空にぽかりと浮かんでいる。
「――ねえ」
「ん?」
「一つ、聞いてもいい?」
うん、と優しく答える平助の目を見て、あたしは問うた。
今まで避け続けていたけど、いつかはしなくちゃいけない質問を。
「どうして、羅刹になったの?」
人として死ぬか、鬼として生きるか。
以前は前者だと答えていた平助が、何故鬼の道を行くことを選んだのか。
――あたしという存在が背中を押したことはわかっている。しかしそれを差し引いても、謎なのだ。
あたしはこの時代の人間じゃない。
いつか迎えが来ると、隣にいられなくなると、そんなこと、みんながわかっていることなのに。
平助は困ったように笑って手をほどき、あたしの肩を抱き寄せた。
「理由は、いっぱいあるけどさ」
「全部」
全部聞かせて。そういうあたしの髪を、平助はゆっくりと手で梳いた。
「まず、志半ばだったってのがあるかな。国の行く末を、見たかった」
「うん」
「それから、名前を残して死ねないと思った。オレ以外の奴にお前を守らせるなんて、ゴメンだよ。…これが一番大きいかな」
「他には?」
「みんなに謝りたかったってのもある。心配かけたみたいだったし」
そうだね、あたしもかなり泣いた。呟くと、ごめんな、と言って平助から軽いキスが贈られた。
「それから…やっぱり、お前」
「あたし?」
「いつ消えるかもわかんねえんだろ、名前は。だったら、賭けてみようと思った。オレの天命が尽きるのが先か、お前がいなくなるのが先か――を、な」
肩に回された手は、震えていた。より強い力で引き寄せられ、あたしは平助の胸に顔をうずめた。
心臓の音が、聞こえる。
「けど、たまに不安になるんだ。もしオレより先にお前が行っちまったら、オレは生きていけない。お前のいない生活なんて、考えらんないんだ」
「平、助」
「逆に、お前を残してオレが消えちまえば――何も意味はなかったってことになる。別れの時が伸びただけだ」
怖い。
細い声で、平助はそう告げた。
すっかり大人びてしまった。あたしも平助も。無邪気に笑っていたあの時へは、もう戻れない。
あたしも同じ恐怖を抱える以上慰めの言葉なんて出てきやしないけど、ただ一言だけ平助の胸で言葉を発した。
「一緒に死のうね」
希望の光は絶望の色
永久の幸せなんて、どこにもないのだ。
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暗いっ
タイムスリップヒロインと依存症な平助でした。
2011.09.14
bkm
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