薄桜鬼短編 | ナノ


恋ジャージ



暦の上では春になったと言えるけれど、実際はまだまだ肌寒いこの季節。
四月、気持ちを新たに新学期を迎えるにあたって、高校生が避けては通れない道があった。

「ううー」

半袖の体操服を着たわたしは、鳥肌の立つ腕をさすりながら、体育館の裏を歩いていた。今しがた体力測定の一部を終え、次に計測する長距離の会場へ向かっている途中だ。友人はまだ測定中だけど、わたしは軽く走って体を温めようと思い、一足早くグラウンドに行くことにしたのだ。
にしても、本当に寒い。早く春が来ないものか。いや、もう来てるんだっけ。
寒いなら学校指定のジャージを着ればいい、そんなことはわかっている。わかっているけど、忘れたものは仕方がない。絶対持っていこうと思って部屋の箪笥の上に置いていたはずだったのに、朝ちょっと寝坊したためにばたばたして、結局忘れてきたのだ。

「さーむーいー」

そんなことを言ったって何が変わるでもない。
だけど言わずにはいられないほど、寒い。せめて晴れだったならもっと違ったんだろうけど、あいにく今日はくもり。そして風が吹いている。
最悪だ。これで風邪なんかひいたらもっと最悪だ。
はあぁ、と深くため息をつきながら、わたしは外履き用の下駄箱を曲がった。

どん。

「わっ、ごめんなさいっ」
「あ、いやこっちこそ…って、名前か」

む、その声は。
青いジャージに身を包んでわたしの前に立っていたのは、中学校から一緒の平助くんだった。

「なんだ、平助くんか」
「なんだってなんだよ。つーかお前、何で半袖?」
「あー、うん。忘れた」
「今日寒いってテレビで言ってたじゃん」
「自分のバカさ加減はよくわかってます」

両手を挙げて反省しているようにそう言うと、ひゅるりと風が吹いてきた。たまらず身を震わせる。平助くんは上着だけ冬用で下は半ズボンだけど、それでも十分暖かそうだ。
平助くんは少し眉をひそめた。

「俺のでよかったら、貸すけど」
「え、」

その発言に驚いて、わたしは少し固まる。
男子用ジャージを女子が借りて着る。
平助くん、知らないのかな。通称「彼ジャージ」、それはカップルだけに許された行動だということ。
うちの学校のジャージには、左胸に自分の名字が刺繍されている。だから女子が男子用ジャージを着ていれば、その子が誰の彼女かということが一目瞭然なのだ。
女子の間ではかなり有名な話で知らない人はいないんだけど、男子にはあんまり広まってないのかな?

「何だよ、その間は」
「あ、いや、いいよ大丈夫」

平助くんの不審げな様子に、慌てて手を振り首を振る。いやいや、絶対借りられないよね。だって平助くんには千鶴ちゃんがいるんだし。
そう、我がクラスきっての美少女、千鶴ちゃん。彼女とも中学校からの友達だ。そして平助くんの幼馴染。二人はすごく仲が良くて、付き合ってはいないらしいけど、そうも同然だと周りは認識していた。
だから、平助くんのジャージを着るのは、千鶴ちゃんしかいない。

「いいから、借りとけって」
「わ、あ、あぶ」

ごちゃごちゃ考えている間に、平助くんは素早く上着を脱ぎ、ばさりとわたしに被せてきた。突然視界を遮られ、慌てて首をずぼりと出すと、いたずらが成功したような風に目の前で平助くんが笑っていた。

「いや、けどさ」
「俺なら平気だって。これから長距離だし」
「その後体冷やしちゃだめでしょ」
「じゃあ、待ってろよ。俺が走り終えるまで」

どうせお前も俺たちの後に走るんだろ?平助くんはそう言って、自然にわたしの手を引いてトラックの中央へ歩き出した。
…あったかい。想像したこともないくらいに平助くんの香りに包まれて、体温と溶け合って、なんだかすごく、どきどきする。
だけど、とわたしはちらりと横目に辺りを見回した。
あーほら、周りの視線が痛い。

「平助くーん」

どうせこの注目の理由もわかっていないんだろうな、この人は。なんて恨みがましく声をかけてみると、振り返ってくる。

「いいじゃん」
「…ん?」
「藤堂っての、似合ってる」

とたん、かあっと顔が熱くなり、たまらず平助くんから目をそらした。心臓がばくばくとうるさい。い、今のはずるい。胸に刺繍された藤堂という文字を見て、さらに体温が急上昇する。

「か、確信犯?」
「さあな」

そんなわたしを見て嬉しそうに笑う平助くんとは、これからも長い付き合いになりそうです。



恋ジャージ



長距離を終えた彼をゴール付近で出迎えると、彼はジャージを受け取って、「俺のジャージから名前の匂いがするのって、なんかすげー嬉しい」なんて無邪気に笑っていた。



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健康診断の順番待ちをしながら考えてました。平助わんこー。

2012.4.5







bkm



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