薄桜鬼短編 | ナノ


茜マジック



茜射す、という言葉はいつ聞いたのだったか。
沈みかけの西日がここ風紀指導室に差し込み、白壁を橙に染め上げる。

「あれ、どこだ」

しかし私はそんな感傷にひたる間もなく、がさごそと机の上の書類を漁っていた。
さすがは指導室、注意書や違反書がそこら中に置かれている。今は定期テスト期間なので、いつもはこの山を片づけてくれる委員長がこの部屋に寄りつかないのだ。その癖遅刻者やら服装違反者の数は減らないのだから、紙束は増える一方だ。

「ないよー」

数枚に一度は『沖田総司』の名が見つかることに笑いをこらえつつも、しかし笑っている場合ではないと懸命に紙をめくる。
そのとき、外の廊下から足音が聞こえ、続いてよく知った声がした。

「誰かいるのか?」
「おー、イチくん」

私の返事に、イチくんは「なんだ、名前か」と言って中に入ってきた。

「イチくん、テスト期間中なのにどうしたの?」
「それは俺も聞きたい」

お前は何をやっているんだ、と我が風紀委員長斎藤一は不思議そうに尋ねてきた。
イチくんとは、中学一年生より連綿と続く腐れ縁だ。知り合って以降、違うクラスになったことはない。中学に入学して初めにできた友達でもある。
それは確か、一番最初のホームルーム。
クラス全体が仲良くなるために、違う小学校出身の人十人と握手するという試練を課された時だ。
今でもはっきり覚えている。教室の角一番前の席で、一人の男子がぼーっと周りを眺めていたのだ。

『さ…いとー、いち?いちくん?』
『え』

そんな彼が気になって、私は輪を外れてその男の子――イチくんの所に行ったのだ。

『いちくん』
『ちがう。はじめだ』
『いちくん、わたしは名前っていうの』

「…名前」
「あ、ごめん昔にふけってた」

昔に比べ、かなり大人に近づいた無表情に笑みを漏らし、私は探索を再開した。

「数学のプリント、紛れ込ませちゃったみたいで」
「明日提出のか」
「うん。確かこの辺に置いたはずなんだけど」

成る程、と声を漏らし、イチくんは私の向かいに来て書類を漁り始める。
やはり、優しい。そういうところは相変わらずだ。

「イチくんはどうしたの?」
「俺は…疲れたから、ここで茶でも飲もうかと」
「おお、いいねえ」

ここ風紀指導室は、暇な風紀委員の常駐場所でもあるため、お茶っ葉やらティーポットやらが準備されているのだ。

「望むなら、お前にも淹れてやろう」
「ありがと、頂くわ」

それから少し会話が途絶え、部屋にはかさかさと紙のこすれる音だけが聞こえていた。
別に、イチくんと一緒にいるときに沈黙が訪れるのは珍しくない。寡黙な人だし、静かな雰囲気はむしろ気分が落ち着く。だけど、茜日のせいだろうか。このときの静けさは、何となく寂しく感じられたんだ。

「昔のこと、さ」
「ん?」
「イチくん、覚えてる?」

イチくんとは、ほぼ五年間を近くで過ごしてきた。お互いに恋人もいなかったし、…まあイチくんはかなりモテるんだけど、それでも彼女を作る気は無いみたいだったし、異性同士だからこその親密な関係を築いてきた。というか、お互いそこまで交友関係が広くないから自然と仲良くなっていったという感じかもしれない。

「昔、か」
「うん。さっきはね、中一のお友達づくりタイムを思い出してたんだ」
「ああ…」

イチくんも思い出したのか、ふっと笑顔を見せた。
これだよ、女子が騒ぐこの微笑み。
私でさえ、どきっとする。

「懐かしいな」
「でしょ」
「何度訂正しても、イチくんと呼んできたんだったな」

正しく呼んでもらうのはすぐに諦めた、と懐かしそうに言うイチくんに、私は思わず苦笑いになる。

「だって、イチくんのほうがしっくりきたんだもん」
「それから、名前と呼ばないと拗ねたり」
「ああ…」

あったなあ、そんなこと。

「まあ、今では名字と呼ぶ方が違和感を感じるがな」
「うん、私もはじめくんとはもう呼べないわ」

と、そのときイチくんが手を滑らせてがさりと書類の山に手を突っ込んだ。
あら珍しい、イチくんがそんなこと。

「イチくん?」
「あ、ああ、いや、…あ」

その中に何かを見つけたのか、一枚のプリントをつまみ上げる。

「あったぞ」
「おー!イチくんナイス!」

それを受け取りお礼を言うと、イチくんは西日に顔を赤く染められながら、また微笑んだ。
それが何とも綺麗で、格好良くて、少しの間見蕩れてしまう。
本当に、大人びたよね。
イチくんも私と視線を合わせる。いつもなら気恥ずかしくてどちらかが先に逸らすのに、今日は二人ともお互いを見つめたままだ。目が、離せない。そっと、イチくんの手が私の頬に伸びた。冷たい手は、温かい心の現れ。一歩だけ、そっとお互いに足を踏み出す。するりと頬を撫でた手は耳の裏に指をかけ、私はイチくんの制服にそっと掴まった。
ちょっと背伸びをした私の影はオレンジ色の壁に映され、やがてイチくんのそれと一つになった。



茜マジック



早鐘を打つ鼓動に気がついたのは、その直後。


――――――――――――

アンケリク「ほのぼのしたい」でした。…甘くなっちゃいましたが、ほのぼのです。
結構好きかも。

アンケリク、ありがとうございました!

2012.1.9







bkm



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