薄桜鬼短編 | ナノ


あなたの背中を夢に見る



あなたの背中を夢に見る。

眩しいほどに太陽の光が地上を照らし、空さえ白く見える視界の中、浅葱色の羽織を風にはためかせたあなたは、ただじっと背中を向けていた。
わたしはその後方に佇んでいる。立ち尽くして、ただあなたの背中を見つめている。
はらり、とどこからともなく桜の花びらがこぼれ落ちた。
一枚。二枚。
雨と言うには量が少ない桜片は、風に乗ってはらはらりとたゆたってゆく。

「――――」

あなたは、こっちを向かない。

それは至極当然のことに思われるけれど、そう思うからこそ、とめどない悲しさが胸の内側からわき起こってくる。
高い位置で結わえた長い髪に、桜の花びらが触れては落ちてゆく。

大好きな、背中。
誰よりもわたしに安心をくれる、大切な姿。

だけどそれが、今はただ哀しくて、悲しくて。

あなたはこちらを見ない。白光の向こうを、じっと見つめているのだろう。あなたには、志があるから。それはわたしみたいなちっぽけな存在じゃなくて、もっと偉大な、巨大な大志。敬すべきもののふの魂を、未来に向かって開け放す、そんなあなただから。

置いて行かれることも、厭わないはずだった。
武士などという因果な人を愛してしまったときから、覚悟していたはずだった。
死であれ、離別であれ、棄てられることさえ、想定に入っていたはずだった。

なのに、それでもやはり。

あなたは、こちらを見ない。
わたしは、あなたをずっと見つめている。

それでもやはり、わたしの頬は暖かい液体で濡れてしまうのだった。
涙で曇る視界の中、わたしはあなたの姿を捉え続けていた。






「おい、名前!」
「…ん……」

揺すられる感覚とともに、わたしは少しずつ目を開けた。ぼんやりとした視界に映ったのは、

「名前、大丈夫か?」
「…平…ちゃん」

わたしを覗き込んで眉をぎゅっと寄せている平ちゃんだった。
ああ、またあの夢だ。頭の裏側がじんじんと熱を持っているのを感じる。頬に外気が触れたことによって、そこが濡れていることがわかった。
凝り固まった体を動かして筋肉をほぐそうとする。

「うぅっ」
「あ、馬鹿、まだ動くなよ」

すると右足にびりっとした激痛が走った。苦悶の汗がにじみ、じわりと涙が出てきた。平ちゃんが慌てて手を貸してくれて、わたしはやっとこさ起きあがることができた。
そういえば、浪士の喧嘩に巻き込まれて足を思い切り蹴られたんだった。一くんによれば折れてはいないらしいけど…しかし、痛い。
平ちゃんはそのとき巡察当番だったから、わたしの怪我にかなり負い目を感じているみたいで、こうしてずっと付きっきりでいてくれている。
…一応、恋仲だし。

「ごめんな」
「だから別に、平ちゃんのせいじゃ」
「じゃなくてさ…いや、それもあるけど。その、さっきお前、泣いてたじゃん」

…まあ、見られているだろうとは思った。
平ちゃんはわたしの手をぎゅっと握って、今度はすまなそうに目尻を下げた。

「お前が眠りだしたときに、左之さんに呼ばれてさ。ちょっと離れてたんだ。戻ってきたら名前が泣いてて…俺、どうしようかと思った」

そっか。
平ちゃんがいたのにあの夢を見るのは変だと思っていたけど、側にいなかったのなら納得できる。
平ちゃんが、こちらを見ていなかったから。

「大丈夫だよ。よくあることだし」
「…よく、あんのかよ」

しまった。
安心させるはずが、平ちゃんはさらに瞳を細くした。
わたしは何とか言い繕おうとあたふたするけど、どうもうまい文言が浮かんでこない。
ちらりと再び平ちゃんに目を返すと、ますます不安そうな顔。
わたしも繋いだ手を握り返し、ぽすんと、平ちゃんの胸に頭を預けた。

「だいじょうぶ、だよ」
「名前…」
「平ちゃんが一緒にいてくれたら、平気だから」

だから――とその後に続く言葉は呑み込んで、胸の内にしまった。

「一生、離さねえから」

だけどさすがに平ちゃんはわたしのことをよくわかっていた。収めた言葉を拾い上げて、声にしてくれる。そういうところが、大好き。
そっと顎に指先が添えられ、わたしは上を向く。そこには柔らかく目を細めた平ちゃんがいて、自然と目を閉じた。
互いの吐息を、くっとこらえたその瞬間。

「よっしゃ、いけ平助!」

そんながなり声が聞こえて、わたしたちは慌てて体勢を離した。開け放された障子の陰に、三つの人影。

「馬鹿新八、声がでかいっての」
「そういう左之さんもだよね」

ばれちまったじゃねえか、と姿を現したのは、…名前を言う必要、無いよね。にやにやと笑みを浮かべる三人に、たちまち顔が真っ赤になってゆく。

「おっ、お前らっ、何でいるんだよっ!」
「平助、障子は閉めておくべきだと思うよ」
「開き直るな!」
「何だ、照れるなよ平助」
「うるさいし、つーか邪魔すんなよなぁっ!」

平ちゃんが怒り心頭に達して荒々しく障子を閉じ、真っ赤な顔のまま、再び布団の横にあぐらをかいた。

「ったく、いい雰囲気だったのにさあ…」

その呟きにまた体温が上がったような気がした。確かに、口付けできなかったのは残念だった…けど。

『一生、離さねえから』

今は、その言葉だけで、十分満ち足りたよ。


あなたの背中を夢に見る


その『一生』が、たとえどれだけ儚いものであろうとも。


――――――――――――

久々薄桜鬼です!『夢主怪我→看病』要素も入れながら。
平ちゃんが、ほんとに、好き。

イメージ画像は、あの後ろ向いた公式絵です。現在待ち受けなう!

2011.12.28







bkm



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