薄桜鬼短編 | ナノ


月の声



俺は夜空に浮かぶ月が好きだ。他を寄せ付けないほどの存在感で鎮座しておきながら、太陽とは違って俺たちの視線をしかと受け止めてくれる。どこまでも優しい夜の守護者。特に冬は空気が澄んでいてなんだか光がよりいっそう鋭く輝いている気がする。金色とも白色とも言い難い、強いて表現すれば月色か。今夜は満月だ。なぜ月が満ち欠けするのかは俺にはわかんないけど、その辺りも神秘的で良い。空には他にも無数の星が散らばっている。俺は星も好きだ。星は一色に限らず、赤や青に見えるものもある。たまに、ごくたまに見つける流れ星はこっちに落ちてきやしないかと少し不安で、でもその儚さに気持ちを寄せたりする。瞬く星を見つけたときは思わずにやりと笑んでしまう。ちかちかと光を安定させないその姿は、まだ未熟だなと思わせるようで。夜の空にはたくさんの興味が昇っている。だからこそ、月見をするのは楽しいんだ。

「なあ、やっぱ酒ほしい」
「………」

縁側で寝ころぶ俺の隣で静かに控えている彼女にそう告げるけど、ふるふると首を横に振られるだけだった。月と夜空以外に好きなものはと聞かれたら、俺はきっと彼女の名を出す。そう考えるほどには惚れている。過ごした時間はわずか数ヶ月だし、とんでもない無口だから会話がなかなか成立しないし、そもそも監視対象でさえあるわけで、そんな身の上を考えても、何故好きになったのかという疑問はある。だがしかし、同時にそれに対する確固たる答えを、俺は持っているのだった。彼女と初めてちゃんと会話したあのとき。些細なことだったけど、きちんと覚えている。俺が監視の任についていたけど、ついうとうとしていたとき。彼女がふすまを開け、そっと庭へ出ようとしていたのだ。組長をなめてもらっちゃ困るわけで、当然すぐに捕らえたんだけど、そのときの彼女の掌には、雀の死体が包まれていた。鳥が、と彼女は言った。泣きそうな声だった。むしろ泣いていたかもしれない。鳥が死んでいた、埋めさせてください。彼女のそんな必死な、そして単語でなく文を聞いたのは本当に初めてだったので、庭の木の下に穴を掘って埋めてやったのだ。ごめんなさい、と涙をこぼして彼女は呟いた。気づいてあげられなくて、ごめんなさい。俺は聞こえないふりをして、彼女が部屋に戻ろうとするのを待つだけだった。月光に、その涙はとても映えていた。それからだ、彼女に惹かれだしたのは。

「熱燗がいいな。寒いし」
「…………」

俺の言葉に彼女はふぅと息をつく。恨みがましい視線は、それでも酒を持ってきてくれようと思ったのかな。何も俺はただ彼女を困らせたいわけじゃない。こんな夜更けに調理場で何かしているのが見つかれば、大目玉を食らうだろう。俺が望むのは一つ、酒ではなく彼女の声。だめ、というそれだけでいいから、彼女の声が聞きたい。巡察やら例の薬やらで、最近はなかなか彼女といられなかったのだ――なんて言うとまるで恋人同士みたいだけど、これは単なる片思い。彼女はきっと、俺なんか見ちゃいない。もっとずっと大きな存在に、ひたすら立ち向かっているような、そんな印象を受けるのだ。例えるならば、彼女は月。そして追っているのは太陽だ。月と太陽は共に輝くことはない。それをわかっていながらも、尚あがこうと生きている、そんな感じがする。

「………………」
「あ、冗談だってば。ほら、お前も転んでみろよ」

立ち上がった彼女に笑って謝り、ぺしぺしと隣の床を叩く。やっぱり恨めしい視線を向けてくるけど、気にしない。彼女と話したい。彼女と月を見たい。そもそも俺の誘いに乗ってくれただけで嬉しかったはずなのに、人間というのは不思議で、欲が際限なく湧き出てくる。寒さを口実にして、彼女を抱き締めてしまおうか。もがいても離れられないくらい、強く。俺だけを見ていてほしいから。彼女はゆっくり腰を下ろして、ぽてりと転んだ。月明かりに照らし出された顔は、いつもの無表情とは違っていた。

「…………すね」
「ん?」

今、彼女が喋った。小さくてかすれていたために俺は聞き返す。もう一度。もっと聞かせて。彼女は咳払いをしてのどを整えた。

「夜空、は。こん、なにも」
「うん」
「明るかった、んですね」
「――ああ」

落ちてきそうなくらい、星は、月は、輝いている。だから名前、太陽を追いかけるのはやめろよ。俺のそばで、夜空を見上げて過ごそう。隣にいてくれよ。そんな思いがふつふつと涌いてくる。だけど俺は何も言えず、ただ彼女の手を握りしめるだけだった。


月の声

そっと指を絡めると拒絶は返ってこないで、代わりにかすかな力で握り返された気がした。


――――――――――

皇帝権は月、教皇権は太陽
Byインノケンティウス3世

2011.09.20







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