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そこには神前が立っていた。
走ってきたのか、息を弾ませて、額に汗を滲ませ、そして何より、手に大きなケーキを抱えて。
「遅れて、すいませんっ」
「いいのよ、お疲れ様」
「大丈夫だったの、舞衣穂ちゃん?」
「うん、なんとか」
神前はまっすぐ部屋に上がってきて、中央のテーブルにケーキを置いた。漂ってきたその香りは、驚きに固まっていた俺をはっと我に戻す。
テーブルを囲むようにして集まった俺たちの前で、息を整えた後、神前はすうと息を吸った。
「来栖くん、なっちゃんさん、音也くん。お誕生日、おめでとう!」
緊張しているのか、耳が赤い。そんな神前を見ていたら、不意に目があった。最近見せるようになったふわりとした微笑みを投げかけ、言葉を続ける。
「遅くなっちゃったけど、誕生日の、ケーキです。予定とは、違うんだけど。えっと…一応、チーズケーキ、だから」
「美味しそうー!」
「うんっ。どうぞ、召し上がれ」
神前がケーキを切り分けた。紙皿に乗せて一人ずつ渡してくれる。
俺もそれを受け取り、一口、食べてみる。
――うまい!
ふわふわした見た目を裏切らず、どころか口に含んでみればしゅわりととろけて喉の奥へ消えてゆく。チーズケーキ独特の濃厚な風味も好きな味だ。
「うわ、すごく美味しいよ!」
「小さなレディ、やるじゃないか」
他の奴らもそう思ったのか、口々に賞賛の言葉を述べている。褒め言葉がくすぐったいのか、神前は少し照れたように笑って自分の分を皿に切り分けた。
「まいちゃん、ありがとうございます」
「いえ、喜んでくれて、何より」
「…うん、ホントに美味いよ」
俺の言葉に、神前はこちらを見る。
きっとこいつは、これを作っていたから夕飯のときにいなかったんだろう。それを知っていたから七海たちは心配しなかったし、さっきはドアの方を気にしていた。
俺たちのために頑張ってくれていたんだと、今ようやく知った。
最近抱いていたわだかまりが、このケーキみたいにしゅわしゅわと溶けていくのが感じられた。
本当に、俺はいい奴をパートナーにしたな。
あの時の出会いに何も間違いは無かったと、心からそう思う。
「ありがとな、神前」
「…うん。どういたしまして」
誕生日会を開いてくれる友人たち。ケーキを焼いてくれるパートナー。
早乙女学園に来て、本当によかった。
「そうだ」
思いついて、俺はポケットからケータイを取り出した。カメラを起動させ、神前に向ける。折角だから、薫にこの様子を送ってやろう。まだ誕生日おめでとうってメールしてないしな。薫からは来てたけど。
「神前」
丁度ケーキを頬張っていた神前の名を呼んでこっちを向かせ、きょとんとしている間にぱしゃりと写真を撮る。
「な、何?」
「いいや、何でもねえよ」
かちかちとケータイを操作しながら、俺はそうやって笑ってみせた。
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