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夕食の席に、神前の姿は無かった。
今日こそどうして最近俺を避けるのかと聞いてやろうと思っていたのだが、タイミングが悪いのか、Bクラスを覗いても神前に会うことはできなかった。昼休みはあいつが来る前に昼食を食べ終わって音也とサッカーしてたし。この季節になるとかなりの汗をかいた。
…まさか、また迷ってるんじゃねえだろうな。
そう思ってちらりと渋谷と七海を見てみるが、二人とも神前のことはあまり気にしていないようだった。居場所を知っているんだろうか?あいつが迷子になったとき、真っ先に心配するのはあの二人だ。いや、俺とどっちが早いか競争だな。
ともかく、二人が平気な顔をしている以上、多分迷子じゃない。そしてあいつらは神前がどこにいるか知っている。
何してんだよ、神前。
若干の苛立ちを覚えながら、俺は白飯を口に運ぶ。ほんわかと甘さが口に広がるが、一方で俺の胸の内には苦いものがあった。
今日は俺の誕生日だ。正確には俺と那月、そして弟の薫の誕生日。
「おめでとう」と、言ってほしかった。自分の音楽を、多分一番わかってくれて、そしてより高めようとしてくれるあいつにこそ、その言葉を言ってほしかった。
(あー、もうっ)
気持ちがぐちゃぐちゃに絡みあって、やけになった俺は茶碗から白飯を口にかっこんだ。いっぱいに頬張ったご飯をもぐもぐと噛んでいく。ああ、甘い。
「翔ちゃん、そんなに一気に食べなくても」
「んーんんん」
「やけ食いはしないでくださいね〜。この後にはおいしい…あ、いえ、なんでもないです」
那月は何かを言いかけてやめた。…おいしい?ぴくりと俺の頬がひきつる。まさか那月のヤロー、誕生日だからって何かお菓子を用意してるんじゃないだろうな。
命の危険を感じ、俺はぶるりと身震いした。慌ててご飯を喉の奥へと押しやる。
だけど、今日ばかりは避けることも叶わないだろう。なんせ誕生日だ。祝いの品を拒否するなんて、そんなのは俺様の男気が許さねえ。
…覚悟を決めるか。気絶してこの夜を過ごすという心の準備をしておこう。
だけどその前に神前に会って、ちゃんとあいつの顔を見ておきたいと思った。
「翔、那月」
そのとき、音也に呼ばれた。
◇
まさかこうなるとは思いもしなかった。
「おチビちゃんは16歳になってもやっぱりおチビちゃんだね」
「うっせーぞレン」
今俺たちは音也とトキヤの部屋にいる。8人も入るとさすがに狭く感じるが、むしろ和気藹々としていて楽しい雰囲気が出ている。俺好みだ。
「那月は何歳になったんだっけ?」
「ええと、18歳ですね」
「じゃあ四ノ宮はもう結婚できるんだね」
「あはは、相手がいないですけどねえ」
殺風景な部屋の壁には輪飾りがいくつも連なっていて、パーティらしさが演出されている。
そう、これは俺たちのために開かれた誕生日会。
クラッカーで出迎えられたときは驚いたが、それが過ぎると途端に嬉しさがこみあげてきた。
いい友達を持った。心からそう感じた。
だけど…と俺はもう一度部屋を見渡す。
8人しかいない、それはつまり神前が来ていないことを指す。俺のパートナーの癖に、何やってんだよ。
本当に、どこにいるんだ。
七海たちに聞いてみようかと二人に顔を向けると、ちらちらとドアの方を気にしているようだった。
なあ、と俺が口を開く前に。
コンコン、という遠慮がちな音がして、七海が急いでドアを開けに行った。
声をかけるタイミングを失った俺はその直後、大きく目を見開くことになる。
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bkm
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