うたプリ長編 | ナノ


30



「まいちゃん、どうしたんですか?」
「え、あ、あう」

いつの間にかなっちゃんさんの声が近づいてきていた。み、見つかる。私は必死にケーキを隠そうとする。

「何を持ってるんですか〜?」
「な、なんでも、ないよ」
「まあ、そう言わずに」

ちらりと振り返れば、笑顔を浮かべたなっちゃんさんがひょこひょこと首を伸ばして覗き込んでいた。
だ、ダメっ。
視線から逃げるように、私はじりじりと逆方向へ動く。
そのときだった。

「あ、わっ」

何かが足の裏に触れ、踏むのを避けるために私は慌てて足を引いた。それが災いした。私は瞬く間にバランスを崩し、後ろへ倒れこみそうになる。

ぽすん、と私がなっちゃんさんにキャッチされる音。
がちゃ、べちゃ、とケーキが床に落ちる音。

二つが同時に聞こえた次の瞬間は、何が起こったのかわからなかった。

「あ……」

誰かの呟きにつぶっていた目を恐る恐る開き、その光景を目にする。

「……っ!」

惨事だった。お皿は割れ、ケーキそのものもぐちゃぐちゃに崩れて原型を留めていない。
踏みそうになったものは、空になった蜜柑の缶詰。
片づけを先にしてからケーキを運んでおけば、こんなことにはならなかったのかな。
キッチンに重い沈黙が降りてくる。それを破ったのはなっちゃんさんだった。

「…ごめんなさい、まいちゃん。僕のせいで」
「いえ。…もう、いいの」

誰のせいかといえば、不注意だった私のせいだ。なっちゃんさんは悪くないよと告げるけど、眼鏡の奥の瞳はしゅんと落ち込んでいる。
だけど私はそのまま途方にくれたりはしなかった。
くよくよしない。前を向く。一か月かけて学んだことは、ここにだって活かせるのだ。

ふるふると頭を振って、私はともちゃんと春歌ちゃんに向き直って、頭を下げた。

「ごめんなさい、折角頑張ったのに」
「舞衣穂ちゃん…どうしよう」
「これは、私のせい、だから。私が、なんとか、するよ」
「なんとかって、どうするの」

実はひとつ、頭にあるアイディアが浮かんでいた。だけどここにはなっちゃんさんがいるから、具体的に口にすることはできない。なっちゃんさんは、祝われる側だから。

「もしかしたら、ちょっと時間が、オーバーするかも、しれないから。先に行って、それを、伝えてほしいの」

こくりと、私は首を上下に動かした。

「大丈夫」

それは春歌ちゃんたちに言っているようで、本当は自分に言い聞かせる言葉だった。

「なっちゃんさんも、待ってて、ください」
「まいちゃん…」
「素敵なものを、作るから。だから、来栖くんと、待ってて」

見上げたなっちゃんさんはやっぱりしゅんとしていて、でも私の言葉に頷いて、キッチンから出て行った。

「できるんだね?舞衣穂」
「はい。簡略に、なっちゃうけど」
「…わかった。任せます、舞衣穂ちゃんに」

後片付けを二人に頼み、私は借りていた冷蔵庫から余った卵と牛乳を取り出した。
大丈夫。
来栖くんに、なっちゃんさんに、音也くんに。――みんなのために。





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