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来栖くんと和解した後、ともちゃんたちにメールをして(『ありがとう。片が付きました』)、私たちは再び来栖くんの部屋に戻った。
机の上には、私の忘れていたファイルが残っている。数枚のスコアが抜き出されていた。
「あ…」
「あ、悪い。中、見ちまった」
来栖くんの謝罪に、いえ、と私は首を振る。
「それは、見てもらわなきゃ、いけないもの…だったので」
「…うん」
机の上に、一曲がつながるように楽譜を広げる。タイトルの上に書いた『次こそはちゃんと言う』の文字に、心を決める。いつも喉元まで出かかったこの言葉を、来栖くんの浮かない顔を見るたびに押し込めてきたのだった。だけど今は――今なら、言える。何より大切なことは、より良い曲を作るための惜しみない尽力なのだから。
けれど、来栖くんの方が口を開くのが早かった。
「あのな、神前」
「はい」
「曲、なんだけどさ」
顔を上げて来栖くんを見ると、彼もまた腹をくくったような表情でこう言った。
「変えてもいいぜ」
「…はい?」
「だから、三曲目。お前はそっちが良さそうだったし、この曲も、結局しっくりこなかったし…」
また自分を責めるかのような表情に戻る。きっと来栖くんは、このことをずっと考えていたんだろう。私の曖昧な態度が彼を余計な思考へと駆り立て、不和が生じた。来栖くんを苦しめてしまった。
だから、『次こそはちゃんと言う』のだ。
「いえ。…それには、及びません」
私は、きっぱりと首を振った。
「え、でもお前は」
「確かに、最初はそう思ってました。けど、今は――あくまでも。来栖くんの選んだ、この曲で。勝負を、したいの、です」
「…………」
だから、お願いします。と、私は初めて来栖くんの目をじっと見つめた。
――他人と、こんなにまっすぐ視線を交わすのなんて、いつぶりだろうと思いながら。
「私に、この曲の編曲をさせてください」
「…編曲」
「はい。歌いにくいところ、合わないピッチ、全て、私が来栖くん仕様に仕立て上げてみせます」
設計図は、とうに頭の中で組み立てられていた。
後はそれを、頼むだけだったのだ。
――言えるじゃないか、しっかりと。私は一体、何にためらっていたんだろう。
来栖くんは頭をかき、
「結局、お前に迷惑ばっかかけちまうな」
と、苦笑した。
「迷惑、じゃないよ。私は、来栖くんの、パートナーだから」
「…そうだな。神前、ありがとう」
頼んだ、と右手を差し出されるので、私もその手を握る。
――必ず、期待に応えてみせよう。
そう、私にしては積極的な感情を抱いて。
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bkm
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