うたプリ長編 | ナノ


19



――泣いちゃだめだ。

「…っ、ぅ…っ」

――私が泣いちゃ、だめなんだ。

「はあ、…っ、はあ…、」

零れそうになる涙を必死に抑えながら、さすがに覚えた自室への帰り道をひたすら走る。誰ともすれ違いませんように。そう願うことしかできない。
頭の中には、来栖くんの怒った顔が浮かんでいる。

『びくびくしてるだけじゃ相手に伝わらねーってことくらい、わかってんだろ!』

その通りだった。
私はうまく歌えなくてストレスの増してゆく来栖くんに怯えて、簡単な指摘すらためらってしまったのだ。まして、胸に抱えたある提案をするなんてもってのほかだった。きっとそれも、彼のストレスになっていただろう。

ごめんなさい、と言うのが精一杯だった。いや、それすらちゃんと言うことはできなかった。
あの場にいれば、確実に泣いて、迷惑をかけてしまうと思った。
――でも。
私は来栖くんから――自分のパートナーから逃げたのだと考えると、すごく罪悪感に襲われた。
来栖くんのために、一生懸命サポートするって、決めたくせに。

自分の部屋の前につく。汗と涙とが混じった顔は、ぐちゃぐちゃだ。
しかし、ドアノブに手をかけようとしたところで、私は止まった。

『ほな、もっかい行こか。今のええ感じやったで』
『ホント?わかった、かけて』

ルームメイトさんと、そのパートナーさんの声が聞こえてくる。いつもはこんなに早く戻ってこないから、二人がここで練習していることなんて知らなかった。
女子用の課題曲を歌うキレイな声。そしてその呼吸の合間に指示を加える言葉。
私と、来栖くんも。こう、だったら、よかったの、かな。
二人に気づかれないように、そっと部屋の前から離れる。

「…うぅ…」

来栖くん、ごめんなさい。

無力感で胸が一杯になる。ああ、どうして私はいつもこうなのか。自分の意見を、ちゃんと伝えることができないのだろうか。
決まっている。私があまりに不甲斐ないせいだ。

呼吸も整わぬまま、どこか人目に付かないところを探そうと外へ出ようとする。
がちゃり。
ふと前方のドアが開いて、下を向いていた私はその部屋の主とぶつかってしまった。

「ごめ…って、舞衣穂!?」
「…と、もちゃん…」

幸か不幸か、出会ってしまったのは二人の友人だった。気がゆるみ、私はこらえきれなくなった涙をぼろぼろと床にこぼしてしまった。
――ああ、泣いちゃだめなのに。
しかしそれはもう、到底止めることなどできなかった。





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bkm









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