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04
それは確かに「かえるのうた」だった。
にもかかわらず、とてもじゃないけれど俺の知っている「かえるのうた」ではなかった。
「何だこれ、すげぇ…」
しかし単なる童謡の旋律ではなく、和音があり、リズムがあり、一つの純粋な演奏曲として完成していた。
強弱やスタッカートで表現されているのは、きっと蛙たちが跳ね回る様子。
雨に打たれて気持ちよさそうにしながら鳴いている光景が、ありありと浮かんできた。
「――これだよ」
自然と笑みが浮かんでくる。
俺が欲しかったパートナーは、こういう曲を作れる奴なんだ。
――ド レ ミ ファ ミ レ ド
耳にすっかり馴染んだそのフレーズを弾き終えると、音がやんだ。
ここがタイミングだと思い、俺は扉を開いた。
ぎぃ…と蝶番の軋む音に、演奏者が振り返る。腰まで届くような長い髪を無造作に束ねた女子生徒だ。突然俺が乱入したので、驚きで固まっている。
「いきなり入ってきて悪ぃ。演奏、聞かせてもらったぜ」
「あ…」
さっと頬を紅潮させる彼女。ふと見れば、その肩越しにあるべき楽譜がない。
「今の、お前が作ったのか?」
「あ、えと…。かえるのうたの即興編奏…です」
「即興!?」
あの完成度でか?何者だこいつ。
俺の大声に、彼女はびくりと体を震わせた。
「あ、悪い。…俺は来栖翔、Sクラスだ。お前は?」
「び、Bクラスの神前舞衣穂…です」
「B!?」
「ひぃぃ…っ」
ありえねえ。何であんな演奏できる奴がBなんだよ。Aか、Sでもいいレベルじゃねえか。
驚かせたことをもう一度謝って、俺は神前に歩み寄り、すっと右手を差し出した。首を傾げて見上げてくる彼女。おどおどとした瞳を、じっと見据えた。
「お前の演奏に感動した。俺のパートナーになってくれ」
しばらく、信じられないという風に呆けていた神前だったが、やがてにこりと微笑んで、俺の手を握りしめた。
先程まで美しい音色を奏でていたその手は、とても柔らかかった。
「はい、喜んで」
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