薄桜鬼長編 | ナノ


愛しいと伝えられたら



『自分が!』

そう言い捨てて身を翻したあいつを、俺はすぐに止めることができなかった。隣に来い、その言葉に従ってくれたのがあまりにも嬉しかったからかもしれない。『待て』と手を伸ばしたときには石原は既に若者に向かって口上を述べていて、それを取り巻いた見物人の後ろから石原の活躍を見ていることしかできなかった。
確かに、鮮やかだった。
多少強引ではあったものの、酔って何をするかも分からない二人を相手に無傷で町娘を奪い返した手際は、組長としてはそれなりに鼻が高い気持ちもある。取り逃がしはしたものの、鍛錬の結果は確実に顕れている、と。
だけど俺の胸には、苦々しいものが広がっていた。

『お前は、女なんだから』

その言葉はきっと、あいつの心に傷を付けたろう。そんな顔をしていた。あいつは自分を男と同じように扱ってほしいと願っている。そして実際、ある程度までは叶っている。それはあいつの雰囲気がそもそも男のそれであるから。だけど俺は、その様に接してやることは無理だった。
だってあいつは、本来的に『女』だから。

話す抑揚は男のそれでも、声の高さは女のもの。
自然な挙措は男のそれでも、華奢な体は女のもの。
しなやかな筋肉が程よく付いていたって、体の線は男とは全く別物だ。
月明かりの下で縁側に座る着流し姿のあいつは、思わず見蕩れるほどに美しい。

俺は石原の女としての顔を知っている。本人が知らなくても、俺は気づいている。知ってしまった以上、意識せざるを得ない。
あいつは、女だ。

「くっそ…」

女というのは、守るべき存在だ。だからあいつが戦う姿なんて、本当は見たくないのだ。稽古の時だって、組長として指導する必要があるんだと自分に言い聞かせながらつけてやっている。確かに、あいつとの稽古は楽しい。上達意欲の高さは他の隊士以上だ。だからその成長に目を見張って喜ぶ一方で、俺の心の奥ではもうやめろと叫んでいる。
俺は、石原が女の生活を送ることを望んでいるのだ。
それがあいつの意に添わないことだというのは承知している。
さっきの、心の痛みに歪んだ表情を見れば、石原が自身を女として見たくないのだということはすぐにわかる。何も言いこそしなかったが、体全体でそれを物語っていた。

「だけど、さぁ…」

薄暗い自室に座り込んで、俺は石原のことを考える。
俺はあいつを戦いの場に送り出したくない。どれだけ立派な剣士であろうとも、男武士と命の遣り取りなんて絶対にさせたくない。明日の討ち入りにしたって、土方さんに頼んで裏に回すよう手配した。あいつに、人を斬ってほしくない。人殺しの汚名を、あいつがすすんで被ることはないのだ。
その、代わりに。
俺はあいつの隣にいたい。側にいてほしい。総司みたいにちくちくしてなくて、左之さんたちみたいに馬鹿騒ぎもない、一くんや山崎くんみたいな静けさだけでもない、どこか心安らぐ女特有の優しさが香る、あの、空間。ふと立ち現れる女らしさに、胸が自然と高鳴ってしまうその時間。

「参るなぁ…」

ぼすん、と畳んだ布団の上に倒れ込んだ。
初めはほんの小さな雪の粒だった。それが加速度的に膨れ上がって、止まらないくらいに成長して、ようやく気がついたのだ。

「惚れてんだな、俺」

あの無表情が不意に微笑んだことがある。
たった一度きりのそれは、あまりにも綺麗で。

「ちくしょー…」

大きく手を広げて、俺はため息をついた。
好き、でも。惚れていると分かっても、それを知らせる術を俺は知らない。あいつが自分を女ではないと思っている限り、この思いは決してあいつに届かないだろう。



愛しいと伝えられたら



早く気付けよ、石原。





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bkm








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