薄桜鬼長編 | ナノ


強く、強く、心まで



あれから、組長は自分と目を合わせてくれませぬ。
騒動を解決した後、自分は組長に付いて屯所に戻り、始末書を書くように言われた。二人を取り逃がしたことを副長に詫びると、副長はもう良いと許してくださった。

「若者だったんだろ?」
「は。自分と似たような年かと」
「なら大したタマじゃねえ。放っといても平気だ。それより」

副長は片眉をぴくりと動かして、静かに尋ねなさる。

「明日の準備はできたか」
「はい、刀の調子も万全です」
「そうじゃなくて、」

と、そこで副長は言葉を濁し、がしがしと頭を掻かれた。

「まあ、いい。明日に備えて、今日は早めに休め」
「は。失礼いたします」

一礼して下がり、部屋に戻る。すると部屋の前には組長が待っておられて、自分が中へ招き申し上げようとするのを制された。

「組長?」
「今度から、勝手にあんなことするなよな」

は、と夕方のように尋ねると、組長は視線を逸らしたまま言いなさる。

「お前は、女なんだから」
「………」

ぐさり、と胸に何か突き刺さったような気持ちがした。
やはり、自分は女以外の何者でもないのだろうか。男として生きてきた。それ以外の生き方を知らぬから、男として生きようと思った。
それでもやはり、自分は女なのですか。

「答えねえ、か」
「自分、は」
「ゆっくり寝ろよ、石原」

何も言えない自分に一瞥もくれることなく、組長は廊下の角に姿を消した。
自分は見えなくなったその去り姿に深く礼をして、部屋に入る。
四畳半の部屋は、年頃の娘のものとしてはあまりにも殺風景なのだろう。他の女性の寝室など見たこともない故、判断はしかねるが。明かり取りの小さな障子窓の下に、副長に頂いた文机と硯や筆が無造作に置かれている。自分は書き物ができるので、たまさか頼まれることもあるのだ。東壁には布団を畳んで置いている。壁の隅には、刀を磨く研磨剤と磨き布。反対隅には衣服を置いてある。

「自分、は」

さきほど組長に言えなかった言葉を、もう一度胸の内で反芻した。

――女では、ござらぬ。

かような女子は女子ではない。女子とは、今日出会った団子屋の娘のような存在を指すのだ。自分はあのように男に引っ張られる性質ではござらぬ。むしろ悪漢を成敗する立場であると自分で思っている。明るく笑うことも、場を華やかにすることもできはしないのだ。
かといって、自分は男でもない。例えば、湯殿だ。この屯所には湯船がある。自分はいつも皆が静まった夜分にこっそり入らせていただくのだが、島原から夜中に返ってきた原田殿や永倉殿、組長が酔い醒ましに一風呂浴びられることがある。自分の入浴とそれが被ったとき、脱衣所ではち合わせた際、必ず御三方は慌てて出て行くのだ。自分が出て行くと申し上げても、お前が先に入れの一点張りである。肉体が女であるが故に、自分は男扱いを受けられない。それが、あまりに悔しくてたまらぬのだ。

「女では、ござりませぬ」

もう一度、今度は声に出して呟いた。
自分は女にはなれませぬ。しかし男でもありませぬ。
ならば自分とは、一体何者なのでしょうか。

「自分は、自分は――」

嗚呼、自分はなんと弱い存在か。
強くあれば、かように考えが込み入ることもなかったろうに。
右手の甲を額へつける。手を握れば、ごつごつと肉刺の感触が更に女ではないと思い知らせてきた。

「自分は、侍であります」

それが、今の自分に出せる精一杯の解答であった。



強く、強く、心まで





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