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背中ばかり見てる
「きゃああっ!」
「!!」
その折、突如響いた娘の叫声。自分と組長がその方向を振り向いたのは同時であった。
町ゆく人々の視線を集めながら、二人の若者が団子屋の娘を店前に引っ張り出している。
「自分が!」
そう言いおいて、事のある方へ走り出す。「待て!」腹に力を込めて叫ぶと、どうやら酒気に身を任せた若者であるようだった。鼻の辺りが赤い。二人は怪訝そうにこちらを見る。
「何やお前」
「新撰組だ。天下の往来で事を荒立てたくはない。その手を離し、付いて来るように」
はあ?若者は酒臭い息を振りまきながら、娘の肩に腕を絡ませた。娘から声があがるが、口が塞がれる。
次第に回りには人垣が築かれ始めていた。団子屋の方にちらりと目を向ければ、娘の母親らしき女性が不安げに自分を見つめていた。
こくりと頷き、必ず助けるという意志を示す。
「俺らは今からええことすんねん。新撰組かなんか知らんが、邪魔せんでくれや」
「せやせや、お楽しみやねん」
――懐かしきその訛りに、自分の心は弾けやすくなっていたのかもしれぬ。
若者は刀を一振り腰に帯びていた。あれを抜かれると厄介である。人質がいる以上、迂闊に手は出せなくなる。
ならば、今しかあるまい。
「ならば、覚悟いたせ」
若者の手が刀に伸びるより速く、自分は脇差しを抜いて走り寄った。
「はっ!」
抜刀が間に合わぬと悟ると、娘を捕まえた若者は慌てて娘を突き出した。盾にするつもりか、どこまでも腐った奴だ。
もう一人は抜刀し、こちらにむかって刀を振りかぶった。しかし見ればわかる、それは所詮竹刀剣術だった。自分は脇差しの鞘を外してそれを受けいなし、肩口に鞘を打ち込む。
「ぐうっ」
それと同時に娘を盾にする若者へ脇差しを突き出した。
「ひええっ!」
予想通り娘を前へ出してくる。自分は寸でのところで剣先を止め、くるりと回転して横へ回った。
びしり。
「ぐっ!」
そうして無防備に半身を晒した若者の手首を柄で打ち据えると、若者の手から娘が解放される。鞘を捨て、娘を抱き止める。
「大丈夫ですか」
「…………」
「ぐぅ…くそっ、覚えときや!」
娘は気絶しているようだった。それに気を取られた瞬間、二人の若者は人垣を乱暴に押し分けてあっという間に逃げ出していった。
苦いものが胸の内に広がる。しまった、取り逃がした。
しかし周りは自分の気落ちに関わらず拍手を贈ってくれた。…気恥ずかしさからそれには目をくれず、娘を団子屋へ届ける。
「ああっ!娘をお助けいただき、ありがとうございました!」
「いえ」
一礼して団子屋を背にすると、そこには怒気をはらんだ顔つきの組長が立っている。
「石原」
「は。…済みませぬ組長、取り逃してしまい」
「そんなことを怒ってるんじゃねえよ」
は、ともう一度問い直せば、くるりと背を向けて歩き始めなさる。
――別に、賞賛の声がほしいわけでは断じてないのだが。
よくやった、そう言ってくれるかと期待していた自分は、ひどく愚かしかった。
「…済みませぬ」
その背中に謝罪の言葉を述べ、自分は組長の後ろを歩き始めた。
今度は、隣を歩けと言われはしなかった。
背中ばかり見てる
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bkm
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