薄桜鬼長編 | ナノ


彼の心は分からない



「石原!巡察行くぞ!」
「はい、組長」

部屋で書を読していると、つい時間を忘れてしまう。
組長に大声で呼ばれて、自分は急いで大小と羽織を身につけた。
腰回りに、ずしりと重量負荷がかかる。
しかしこれこそ自分が求めていた感覚なのだ。
部屋を出ると、組長が待っていてくださった。組長は自分がここに入隊した折から、よく目をかけてくださる。自分のような半端者にさえ屈託のない笑顔を向けてくださるこの人は、立派なお方だ。局長や副長、山南殿といったお偉方に比べれば、幾分の若さによる見劣りはするやもしれぬが、それにしても大したお人であると思わせる何かを持っている。

「済みませぬ」
「いいって。行くぜ」

今日の巡察は我が八番組の担当である。巡察というのは、聞きかじった知識で申し訳ないのだが、お江戸の定町回り同心が行うような市中見回りのことだ。いくらはんなりとした気風の京人とはいえ、帝のおわしますみやこにてましますれば、素浪人などが出歩くこともしばしばだ。昼日中から酒によって町娘に手を出すことも少なくない、と聞いている。幸いなのかは存ぜぬが、自分はまだそのような場面に出くわしたことはなかった。
御用門の前で組長以下隊士が並び、巡察の割り振りを決めてゆく。朱雀大路から話を始め、右京のどこそこ、東山近辺等々。他の組がどうかは知らぬが、八番組は二人ずつの少数広範囲策を採用している。腕に覚えのある者が入隊しているわけであるからして、大抵の悪漢は捕らえることができる。それでも手に負えぬと判断したときには、ある大通りを見回っている組長に助けを求める手はずである。まだ若いとはいえ組長としての腕は確かなのだ。
自分は常よりその組長と行動を共にさせていただいている。それはやはり自分の力不足故であろうと思い、さらなる鍛錬を必要とする契機でもあった。自分は、女の身だ。故に力があまりにも弱い。鍔迫り合いになれば確実に勝ち目は無しと斉藤殿にも言われ、それ以来距離を置いて速さを念頭に置いた剣術を磨いてきた。
明日の御用改めで、それが発揮できればよいが。

「よし、んじゃ、行こう」
「はっ」

組長にうながされるまま、自分たちも歩みを始めた。隊士たちは次々に別の場所へ向かってゆく。

「何にもなけりゃいいんだけどなあ」
「そうですね」

組長は頭の後ろで両手を組んで、大小をがちゃがちゃいわせながら歩く。次第に大通りへ出た。そこはいつ見ても華やかな場所で、着飾った京娘たちが出店で茶をすすっていたり、年若い職人さんが手がけた物を直に売ったりしている。

「石原」

何度来ても慣れぬこの光景をじっと眺めながら歩いていると、組長が振り返って自分を呼んだ。

「はっ」
「いっつも思うんだけどさ、そんな下がって歩かなくたってよくねえ?」

確かに、自分は組長より五、六歩離れたところを歩いていた。しかしそれは上下定分の理、自分の上役に当たる組長の後を歩くのは当然でござる。そう伝えると、組長はううんと頬をかいて、極端に歩みを鈍くなさった。それにあわせて自分も歩く速さを落とす。

「いや、だからさ」
「?」
「隣歩けよ、石原」

…隣。
それは組長と対等な身分の者が為すことで、自分にはとてもできませぬと断れば、組長はぎゅっと眉を寄せなさる。

「同じ士分だし、新撰組だし、いいだろ」
「いえ、しかし」
「いいから、来いって。組長命令」

うっと窮した自分を見て、組長は笑いなさった。大人しく隣に歩を進めれば、満足げな声を出す。自分には、この人の考えが読めぬ、分からぬ。
…しかし。
眼前に組長の背中を見えないことが、少し残念に思えた。



彼の心は分からない





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