薄桜鬼長編 | ナノ


いつからか当たり前の日常



幹部全員に召集がかけられたとき、俺は左之さんと新八っつぁんと島原に繰り出そうとしている頃だった。

『こりゃ、今日は無理だな』
『それより、何の話だろ』
『平助おめー土方さんの逆鱗に触れることやっちまったんじゃねえの?』
『うえーっ!そりゃ勘弁!』

軽口を叩き合いながらいつもの部屋に入ると、近藤さん以下全員がそろっていて、俺たちも慌てて所定の座に坐った。

『あれ誰だ?』
『随分華奢な野郎だな』

近藤さんに向かって正座をしている男は随分と肌が白く、細かった。左之さんとこそこそしていたら土方さんに睨まれて、あわてて黙る。

『揃ったな』
『で、誰なんです?その子』

今にして思えば、総司は初めから気づいていたのだろう。

『入隊志望者だ』
『へえ、なら大歓迎じゃねえか』
『まあ、気づかねえよな』

土方さんがため息をつくと、そいつはびくりと身を震わせた。

『こいつは女だ』
『へえ。…ええ!?』

思わず声をあげる俺と新八っつぁん。
確かに容貌は女みたいだとは思ってたけど、所作が武士のそれとまったく同じで、しかも自然だから、全然わかんなかった。

『…確かに、この身は女、しかし』
『さっきも聞いた。男として育ったから関係ねえと言うんだろ』
『…っ』
『ここは男所帯だ。血気盛んな野郎ばっかの所に、年若い女を入れるのは危ねえんだよ』
『トシはそう言うがなあ』

今度は近藤さんが口を開いた。

『俺は別に構わないと思うぞ』
『…近藤さん』
『まあ、全員に知らせるのはちと危ないやもしれんが、ここにいる者のみの秘密とし、幹部と同じ場で寝泊まりすれば平気じゃないか?』
『どうだか』
『何でそこで俺を見るんだ』
『確かに左之は危ねえかもな』

新八っつぁんの言葉に笑い声をあげ、俺は中央のそいつに再び目をやった。
頭を垂れるその姿は、拝むようでも祈るようでもあった。女と分かれば確かに女だ。かたく目を瞑り、体中に緊張がほとばしっている。――男として育ったと言っていた。詳しい年齢はわかんないけど、多分俺と同じくらいだろう。女が男になって生活するってのは、相当苦しいことだったに違いない。
同情心がむくむくと湧いてきて、俺は口を開いた。

『いいじゃん、入れてやろうよ』
『平助』
『なんだか知らないけど、そいつすっげえ辛そうじゃん。ほら、《士道に背くまじきこと》だろ?』
『平助、よく言った!』

近藤さんが晴れやかに笑った。山南さんと源さんもうんうんと頷いていた。それを見た土方さんはまたため息をついて、

『規律が乱れたら、すぐに追い出すからな』
『…!ありがとうございます!』
『平助、そいつは八番に任せた』

え、と声を上げるまもなく土方さんは立ち上がり、解散を告げて部屋を出ていった。

『頑張れよ』『平助、頼んだ』他のみんなも席を立って土方さん同様出て行った。誰もいなくなって、そこで初めてそいつがこっちを向いた。心を大きく動揺させるような、そんな深い瞳をしている奴だと思った。

『えっと、俺は藤堂平助。八番組の組長。お前は?』

その瞳が、かすかに揺れた。

『お、…自分は、』

そしてしばらく固まった後、息を吐き出すようにして告げた。

『自分に名はありませぬ。…石原、とのみお呼びくだされば』
『…ん、わかった。石原な。そんな堅くなんなって。歳も近そうだし、仲良くしようぜ』

俺がいくら明るく笑っても、あいつの心には暗雲が立ちこめているだけだった気がする。





「組長?」

そう声がして、俺ははっと我に返った。石原を部屋に招いて将棋を指していたんだった。いや、何でもない。そう言って俺は手を進めた。

あれから半年が経つ。俺たちも大分こいつの存在に慣れた。つーか、こいつが俺たちに慣れるのが早かったんだ。男として育ったというのは嘘じゃないと、共生してようやく理解した。
男の裸を見ようと、血を流そうと、叫び声の一つもあげやしねえ。料理はからきしできないけど、剣の腕は幹部に匹敵するほど、なんて。どれほどの生活を送れば、女がここまでになっちまうのか、生憎想像もつかなかった。
次第にみんなも男女の意識が薄れ始めた。ただ一人を除いて、石原への認識がほぼ男というものに変わったのだ。…その一人ってのが、俺なんだけど。

「組長」
「あ、っと。悪い」

盤を眺めて香車を進めると、無表情の中に楽しそうな様子を滲ませて、石原は考え始める。

俺には女にしか見えない。

それは多分石原と接するのが一番多いからで、例えば稽古(石原は稽古場に行くのを許されていないため、俺が特別に稽古をつけている)の時にはだけた胸元がいやに白いだとか、掴んだ手首が折れそうに細いとか、そんなとこばっかり目に付くんだよな。

「王手」
「んなっ!いつの間に!」
「ありがとうございました」

そうこう考えているうちに負けた。まだ一度も勝ったことがない。

「…よし、んじゃ稽古するか」
「はっ」

剣術では負けないぜ、と意気込みを入れながら、俺たちは木刀を持って外へ出た。



いつからか当たり前の日常





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