★
じくじく、
「ねえ翔ちゃん、聞いてくれる?」
「何だ?」
「わたしさ、音也くんが好きなんだ」
夢であって欲しい。
目の前が真っ暗になるような気持ちを抱えて、俺は小さく「そうか」と言った。
目の前の編子は、ちょっと切なそうではあるものの、恋する少女特有の恥じらいを浮かべている。
畜生、可愛いじゃねえか。
こいつにもこんな表情ができるのかと発見する反面、心はさらに沈んでゆく。ずぶずぶという効果音が似合いそうだ。
「何さ、一大決心して伝えたというのに」
「…伝える相手間違ってんだろ」
俺が聞いたって嬉しくも何ともねえよ、とそっぽを向く。こんな編子、直視に耐えない。
「仕方ないじゃん、恋愛禁止だし。それに、は、恥ずかしいし」
「………っ」
できることなら耳も塞ぎたい。こいつの思いなんか知りたくない。俺のちっぽけな恋心が無駄なものだったなんて、そんなの知りたくなかった。
「翔ちゃん、音也くんと仲いいじゃんか。わたしのこと、何か言ってたり…ないかな」
やめろよ、そんな声も表情も。
今までにないくらい可愛いそれらが俺に向いていないということに、どうしようもなく腹が立つ。やり場のない悲しさが胸を支配する。
こっちを見ろよ。
俺様を見ろ、編子。
そう叫び出したくなる。音也が好きだと言うその唇を奪い、編子を俺のものにしたくなる。
無理矢理でも、音也に持って行かれるよりマシだ。
でも、と方向を見失いそうになる心にストップをかける。
そんなことをしたら、編子はきっと俺を軽蔑する。今みたいな仲の良さが崩れ、笑ってくれなくなるだろう。
それは本意ではない。
ああ、失恋って奴なのか。どうしようもないのか。編子を俺に振り向かせる方法は無いのか。
「翔ちゃん、聞いてる?」
「…ああ」
「じゃあ答えてよ。音也くん、わたしのこと何か言ってた?」
『編子って可愛いよな』
音也の声が脳裏をよぎる。その表情は笑顔、その頬は――朱。
何だ、俺の出る幕はねえのか。
「音也は、」
俺が口にした言葉は、ひどく感情のこもらない残酷な響きを持っていた。
「――七海が好きだってよ」
その時の編子の表情は、俺の心にぐさりと穴を開けた。
ああ、夢なら醒めてくれ。
こんなに心臓が痛む日は、生まれて初めてだ。
「翔!」
「…………っ!!」
そして俺は目を覚ました。ノートのシワが、俺の居眠りを教えてくれている。教壇には既に先生の姿はなく、授業は終わっていた。
「夢……か」
ずり落ちていた帽子を頭に乗せ、大きく息を吐く。
あんな夢、二度とゴメンだ。
「翔ってば!サッカー行こうぜ!」
「うるせー音也、てめーだけはぶっ倒す!」
「え、いきなりどうしたんだよ翔!?」
じくじく、
手放したくないこの距離、手に入れたい君。
――――――――――
失恋夢は夢と言えるのかな…
2011.09.11
bkm
▲top