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恋色カンタータ
聞けば昼ご飯はまだだという翔くんに、簡単な炒飯を作ってあげた。あまり料理慣れしていないせいで少し焦げたけど、「うまい」と笑顔で食べてくれた。それだけで心臓がうるさいくらいに音を立てる。
彼に縋って泣いていた時間は、30分ほどだったろうか。その間ずっと頭を撫で続けてくれたその優しさに、好きだという思いが加速してゆく。
でも、届かない。
一足速く大人になってしまった彼に、この思いは遙か遠くて。
それに、アイドル業界には可愛い女の子がたくさんいるんだろうな。性格もよくて、翔くんが好きそうな子が。
わたしはさっきの30分で十分幸せだよ。だから、もうわたしに構わず自分の道を進んでほしい。
自分の中でそう結論が出ると、丁度翔くんが炒飯を食べ終わった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
皿を片づけようとする翔くんを制し、わたしが炊事場に持って行く。
翔くんはわざわざ休みをつぶして会いに来てくれたんだから、ここでくらいは休んでもらわなくちゃ。
その際に指が触れ合い、たまらず心臓が跳ねる。
ふっきると決めたじゃないか。
心の中でかぶりをふって、平静を装って流しに運んだ。そのままスポンジに洗剤を含ませ、洗う。
「なー、編子」
「ん?」
ふっきると決めたから、何を言われても平気だと思っていた。
「好きだ」
「…え」
平気ではなかった。思い切り動揺して、持っていた皿を取り落とす。幸い割れはしなかったが、「何やってんだよ」と翔くんが近づいてきた。
「え、だって、なんて」
「これで気づいてなかったとか言われたら、俺様ショックなんですけど」
期待がなかったと言えば嘘になる。しかし自分の中でそんな考えを必死に打ち消していたのだ。
固まってしまったわたしに代わって、翔くんが皿の泡を落とし始める。慣れた手つきだ。自炊生活なのだろう。
「中学卒業するときは自信がなかったから言えなかった。二年前は学園で恋愛禁止令が出てたから言えなかった」
けど、と続ける彼の瞳は、とても綺麗だった。
それは、翔くんに強い意志が宿っているから。
「今なら言える。好きだ、編子」
水道を止め、翔くんはそのままわたしを抱きしめた。さっきとはまた違う、優しい抱擁。
「返事、聞かせてくれよ」
「…そんなの」
いつの間にか逆転した身長差。わたしは翔くんの耳元に口を寄せて、言う。
「好きに決まってるよ」
「そっか」
ちゅ、と頬に口づけられて、顔が一気に熱くなる。
翔くんは一旦わたしを離し、ごそごそとズボンのポケットを漁った。
「これ、やるよ」
「…え」
そうして手のひらにぽんと置かれた小箱を開けてみると、
「こ…これ…」
「サイズもわかんなかったし、あんまり良いものじゃねえんだけどさ」
金属製の輪っかが、金色にきらきらと輝いている。
誰がどう見たって指輪だ。
「話が急なのはわかってんだけどさ、編子」
「いつか、お前が大学卒業して、俺の仕事が落ち着いたら」
すう、はあ。翔くんは深呼吸して真剣な目でわたしを見つめた。
「俺と結婚してください」
「…喜んで」
この感情を形容する言葉が見つからない。
そっと肩に手を置かれ、端正な顔が徐々に近づいてくる。
これ以上ないくらいの幸せを感じながら、わたしは目を閉じた。
恋色カンタータ
初キスは、婚約のキスでもありました。
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マスタースパーク!
超思いつきで書き始めたものがいつしか四部作に…あわあわ。
しかも何が言いたいのか作者にも不明。長いだけのよくわからん夢ですが、ここまで書いたら没にするのはもったいないですね。
結婚式夢は書けそうにないので、後は脳内補完よろしくです。
編子様、ここまで読んでいただきありがとうございました!
2011.09.04
bkm
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