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絆色エチュード
「粗茶ですが」
「ああ、さんきゅ」
可愛らしいマグカップになみなみと注がれたのは間違いなく牛乳だったが、あえて突っ込まない方向でいく。昔から編子にもらう飲み物は牛乳だと決まっていたのだ。今では俺の方が少し高いけれど、その癖は抜けていないらしい。
二年以上が経過した、今でも。
あの後寝起き姿を恥ずかしがる編子が着替えるまで待って、中に入れてもらった。少し時間がかかったから可愛い格好をするかと思ったら昔と変わらないトレーナーとジーンズで、唯一髪だけが長くなっている。今更そんなことにがっかりしたりはしない。
家族は揃って出かけているらしい。帰るのは夕方頃だとか。それまで二人でいられる、と密かに心を躍らせる。
「…年末ですら帰らないんじゃなかったの」
二人の間の沈黙を破ったのは、編子だった。目を合わせないように、かすかに視線を逸らしている。
「ちょっと頑張って休みをもらったんだ。今日の夜には帰らねえといけないけど」
「ふうん…」
そしてまた沈黙。違う、こんな雰囲気になるために帰ってきたわけじゃないのに。
どうにかこの状況を打破しようと話題を考えるが、さっぱり思いつかない。あれ、こいつと話すときって、こんなに気まずかったっけ。昔はもっと何も意識しないで会話できていたはずなのに。
ぐるりと彼女の部屋を見回してみると、一つだけ変化に気がついた。
「CD、買うようになったのか」
「…翔くんのだけだよ」
その言葉に、どきりと心臓が跳ねた。
「…え」
「売り上げに貢献したんだから、もっと感謝してよね…」
本当にそう思っているかどうかはわからない。編子が膝を抱えて顔を埋めてしまったからだ。
全身から伝わるメッセージは、一体何なのだろう。
俺は何を言えばいいのかわからなくなる。
「わたしのせいだよね」
「…編子?」
「本当は一番最初に謝らなくちゃいけなかったんだ。ごめんなさい。わたしが、変な電話しちゃったから」
「ちがっ……」
否定の声を上げようとするが、「でも、」という彼女の涙声を聞いて止まった。
俺、泣かせてばかりじゃねえか。
「本当にわたしはどうしようもないなあ」
「会えて嬉しいって。直接声を聞けて幸せだって」
「わたしは、そう思ってる…!」
ごめんなさい。
彼女がそう一つつぶやく度に、嗚咽が混じる。
もう、我慢できねえ。俺はすすり泣く編子の横に移動し、無理矢理顔を上げさせてぎゅうと抱きしめた。何か言葉を発しようとする気配があったので、肩口に編子の顔を押し付けて喋れないようにする。
彼女を抱きしめるのは、長いつきあいの中でも初めてだったりする。手を引いてやることは多々あったが、こんなに近くに編子を感じたことなんてなかった。
「俺の方こそ、ごめん」
「あの電話の後、お前が辛い気持ちだって分かってたのに」
「来るのが、こんなに遅くなっちまった」
本当は、もっと。
「もっと早くこうしてやりたかった…!」
「翔くん…っ!」
編子がその全体重をかけてこっちに倒れ込んでくる。背中に腕がまわされ、俺たちはさらに密着した。もう離さないという意志を込めて、俺より小さくなってしまった彼女をしっかりと受け止める。
寂しかった、と泣きながら訴える編子の頭を、そっと撫でてやった。
絆色エチュード
きみを愛しいと、心から思うよ。
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2011.09.04
bkm
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