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心色シンフォニー
『じゃあね翔くん。仕事頑張って!』
一ヶ月ほど前に聞いたあいつの声が、今も耳にこびりついている。
涙と嗚咽が混じった、悲痛すぎるあの叫びを思い出す度に、今すぐ編子の元へ駆けつけたくなる。
本当はあの日の後、いくら電話しても繋がらなかったあの夜に会いに行きたかった。何が辛かったのかも聞き出して、一番そばで安心させてやりたかった。
俺は編子が好きだ。
幼い頃から、ずっと好きだった。
だから絶対、泣かせるとか、辛い思いはさせたくなかったのに。
「来栖くん、出番です」
けど、うじうじ悩むのは止めだ。男らしくねえ。
この一ヶ月間、無理にスケジュール調整して明日丸一日の休みを得た。
あいつに会いに行こうと、そう決めて。
◇◇◇
「懐かしいな」
俺が来栖翔だとばれないように丹念に変装し、ついに故郷へ帰ってきた。変装といっても簡単だ。薫になりきるだけだから。帽子がなければ意外と気づかれないものだ。
帰ってくるのは…ええと、二年ぶりぐらいか?忙しい毎日のせいで時間の流れが実感に追いついていない。それじゃあ、編子に会うのも二年ぶりなのか。
「編子、いるかな」
今俺がいるのはずばり編子の家の前。昔はよく遊びに来た、勝手知ったる場所だ。
ここに来る前に自宅に寄って土産を渡してきた。薫も帰ってきていたから、母さんを任せて家を出てきた。
大きく深呼吸をして、人差し指をインターホンにかける。
ちゃんと会えたら、伝えたいことがたくさんある。
ピンポーン
家主を呼ぶその音が響き、緊張が高まる。
…しかし五分待っても誰も出てこない。
もう一度押してみる。
さらに追加。
二連続で鳴ったベルはさすがに誰かを呼んだようで、ばたばたと廊下を走る音が聞こえてきた。
そしてゆっくりとドアが開き、隙間から顔を出したのは、紛れもなく編子だった。
起き抜けだったのか、少し髪がほつれている。しかしその長さは俺が覚えているものより遙かに長い。顔つきも少し大人びたようだ。
まだ眠気があるのか、俺を見て目をこすり、ぽつりと呟いた。
「…かおる?」
「…薫じゃねえよ」
たまらず苦笑し、一応持っていた帽子を被る。
編子、と一度名前を呼んでやれば、彼女の目は驚愕に見開かれた。
「そんな、どうして」
「久しぶり」
やっと会えた。
その安堵が、俺に彼女への愛しさをもたらした。胸の奥からじゅわと染み出てくるこの感情はなんなのだろう。
心色シンフォニー
もう、失敗なんてしない。
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2011.09.04
bkm
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