うたプリ中編 | ナノ


(下)



「それじゃ、…っ!」

あっと言う間もなく、わたしは来栖に強く抱き寄せられた。いきなりのことで驚き、もう一度「来栖」と言おうとしたら、寄せられた耳元で彼が切羽詰まった声を出す。

「中井、俺、俺っ」

触れた部分から、来栖の熱が伝わってきた。
すごく、あつい。

「そんな奴、今すぐ忘れてさっ、」

お、おっ、と少しどもりながら、来栖は言葉を紡いだ。

「俺に、しとけよっ!」
「――!」

その台詞に、思わず心臓が大きく音を鳴らす。
あ、あれ。なんだこれ。
どく、どく。
鼓動が、ちっとも止まってくれない。

「俺様は、んな不誠実な奴じゃねーし、何よりっ」

やばい。とっさに頭の中でそんな信号が点滅する。この先を聞いたら、多分戻れなくなる。
わたしは素早くポケットを探り、全てをリセットする魔法の紙を指で探り当てた。

「俺はおま――むぐうっ」
「はいストップ!」

きつく抱きしめられた中、何とかそれを来栖の口に押しつけることに成功した。

「ぐむ…何だこれ」
「は、ハイっ」

ああもうっ、おさまれ心臓!
半ばやけになりながら、来栖がそれを広げた瞬間にわたしは叫んだ。

「ドッキリ大成功ーっ!」
「…………………は?」

来栖の拘束が解かれた。というか、来栖の腕の力がしなしなと抜けていった。へたりと床に座り込んで呆けている来栖に、わたしはすまなそうな顔を向ける。

「ドッ…キリって、おまえ、」
「うん、全部作り話」
「フられたとか言うやつも」
「だから、全部」

はぁぁ、と来栖は今まで聞いたことがないくらいに深いため息をついた。
いや、確かに演技頑張ったけど、まさかここまで見事に引っかかってくれるなんて思わなかった。だって来栖、完全に信じ込んでたもんね。涙流しながらも心の中では笑ってたよ。…途中までは。
今朝の封書の中身――それは即ち、誰かにドッキリを仕掛けること。演技力養成のためだと書いてあったから全力で頑張りました。
だーっ!来栖が突然叫び声をあげた。

「さっ、さっきのは忘れろよ!」
「え」
「あ、あれはなんつーか雰囲気に流されたっつーかまあそれだけでもないっちゃないけどでもやっぱり違うから絶対忘れろ!いいな!」

言葉だけじゃなく、体全体で必死さを主張している。顔が真っ赤な来栖を見ていると、こっちまでさっきの熱が再浮上してきた。

「…やだ」
「んなっ」
「さっきの続き、さ」

後ろ手にドアノブを握り、逃走準備。
涙なんてもうとっくに乾いている。そっと来栖を見つめて、わたしは笑った。
あのね。本当はさっきの言葉、すごく嬉しかったんだ。
その気持ちよりも先に驚きが溢れてきちゃったけど、本当は。
うっかり惚れちゃいそうなくらい、どきどきした。
ううん、うっかりじゃなくて…――

「いつか、聞かせてね。…翔っ」
「中井っ」

そしてそのままわたしは一目散に逃げ出した。どうしよう、明日から来栖…じゃなくて、翔の顔、まともに見えないかもしれない。でも、だって、あの言葉はだめだよ、誰だって好きになっちゃうよ。そうでしょう?あんな――『男の子』な台詞、なんて。

「…翔」

走りながら、こぼれる笑みを抑えながら、もう一度彼の名を呟いた。



ハート・ビート



「…えっと」

中井が飛び出していった扉を、その前にへたり込んだまましばらく見つめた後、むくむくと現実感が呼び戻されてきた。
えーと、なんだ。

「終わりよければ全てよし、ってことで」

馬鹿編子、許してやるよ。


――――――――――――
ということで、アンケリク「翔ちゃんにどっきり仕掛ける」でした。
そんなに長くはないけど、視点ごとに三分割形式で。引っかかってくださった方がいれば作者冥利に尽きますね。
…いないか!

一応「ビート」には「鼓動」と「打ち負かす」の意味を込めて。

アンケリク、ありがとうございました!

2012.1.3






bkm



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