うたプリ中編 | ナノ


(中)



コンコン、と部屋がノックされた。ベッドで横になっていた俺は那月が返事するだろうと思ってそのまま雑誌を読み続けていたが、そういえばあいつは今レコーディングルームに行っているんだったと気づいて慌てて扉を開けにベッドを降りた。

「はーい」
「来栖…っ」

がちゃ。何の心構えもなしにドアを開いた次の瞬間、強いとはいえない心臓が宙返り三回転を決めたような心地がした。思考が吹っ飛び、何も考えられなくなる。

ただ一つ分かっているのは、俺の胸に涙を流しながら中井が飛び込んできたということだけだ。

俺よりわずかに小さな彼女は、同じクラスのアイドルコース。愛らしい見た目とは裏腹な理知的さや努力家な所が男女共に人気が高い。可愛くて、真面目で、頑張り屋。その笑顔は万人の心を明るくすることができる、アイドルの卵として最大の魅力を持った逸材だ。
誉めすぎじゃないか、って?うるせー、好きな奴をべた褒めして何が悪い。
そう、開き直っちまうくらい、俺は中井が好きだ。本当は名前で呼びたいくらいなのだが、それはいささか恥ずかしい。俺より小さい奴ということで仲良くなってみれば、惚れない方がおかしいくらいの女の子だったというわけだ。

そんな彼女が、泣いている。
はたと我に返った俺は慌てて中井を引っ張り、中に入れてからドアを閉める。
すん、と鼻をすする音が間隔を置きながら続いた。

「中井?」

名を呼んで、立ったまま背中に手を添える。そっと力を込めながら、優しく背を叩いた。
すると中井は声を漏らしながら更に俺の首に抱きついてくる。
あったかい、やわらかい、いいにおい。
あまりにも至福すぎて意識が跳びかけるが、「来栖、来栖」と小さく涙混じりに呼ばれることによってなんとか気を失うことはなかった。

「くる、くるす、わたし」
「うん」

泣いている中井には悪いが、俺は何とも幸せな気分だった。好きな奴が、辛いときに自分を頼ってくれている。
なあ、もしかしたらこれってさ、つまりあれだ、あれじゃねえ?

「わたし、フられちゃったぁ…」

なんて高揚した気分は一瞬にして奈落の底に沈んでいった。え、今なんて?聞き間違いであってほしいと全身で祈る。
二回も言わせないでよぅ、と中井は泣きながら笑って、

「フられ、ちゃった」

…聞き間違えではなかったようだ。
さっきまでとは真逆の感情のせいで、意識が飛びそうになる俺。
ああ、アホか俺は。中井も俺のことが好き、だなんてあるわけねえだろ。変な期待をしてしまったせいで、普通に告白を断られるよりも深く傷ついた。
ショックが大きすぎてそのまま沈黙を続けていると、中井がぽつぽつと詳細を語り出した。

「わかってるんだよ、校則のこと」

だから中井は恋心を隠しておこうとしていたのに、相手が「バレないさ」と誘惑を仕掛けてきたらしい。中井はそいつのことが本当に好きだったから、付き合うことにした。
だけど最近、相手がどうも教師陣から疑われているらしく、つい先程別れを切り出されたのだ。

「これが『おまえに迷惑かけたくない』だったらまだ救いようがあったのに」
「…………」
「『ぶっちゃけ、飽きてきてたし』だもんなぁ…っ」

ふざけんなそいつ、俺様自ら成敗してくれる。
中井がもぞりと離れる素振りを見せたので、俺はおとなしく腕を外す。閉じた扉に背中を預けた中井は、切なげに笑った。

「聞いてくれてありがと、来栖。ちょっとだけ元気出た」
「中井」
「よっし。明日からまたアイドル修行頑張るぜぃ」

その笑顔は、とても明るくて、悲しかった。
胸がぎゅっと締め付けられる。呼吸すら困難になるほどの苦しさから逃れる方法はただ一つ。

「それじゃ、…っ!」

俺は、さっきよりも強く、強く中井を抱きしめた。






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