うたプリ中編 | ナノ


(下)




再び翔ちゃんの部屋に戻ってきた。掴まれた腕に痛いほどの負荷がかかる。だけど、今の翔ちゃんに何を言っても無駄だということは察しがついていた。
部屋の奥へと引っ張られ、

「っ…」

どさりと、あっという間にベッドの上で組み敷かれた。
両の手首をぎりぎりと締め上げられ、怒った表情で口を開く。

「俺より、レンがいいのか」
「な、に」
「答えろよ!」

頭に『恐怖』の二文字が浮かぶ。こんなに怒っている翔ちゃんを、私は今までに見たことがない。瞳の奥には、めらめらと激しい炎が燃えていた。

「答えろよ、編子。それとも」
「っひ、翔ちゃ」
「レンがいいっつーんなら」

翔ちゃんは私の手首を一つに束ね、頭の上に固定した。空いた右手は、私のポロシャツの襟に手をかける。

「なっ、なに、を」
「他の奴に渡すくらいならっ」

ぷち、と、一番上のボタンが外される。
『恐怖』『恐怖』――一体翔ちゃんは『恐怖』何をしようとして『恐怖』いるの?
二番目、三番目と素早くボタンが外されていく。

「俺が、全てを奪い尽くしてやる…!!」
「ぃ、やあっ!!」

ぐいっと襟が押し広げられ、胸元が晒される。何のためらいもなく翔ちゃんは首筋に食らいつき、ちくりとした痛みを残していく。
抵抗などまったく通じやしない。これは、本当に翔ちゃんなの?見たことがないほどの荒々しさ。怖い。怖いよ。嫌だよ…っ!
唾液のついた首筋は外気にさらされて冷たさを得た。翔ちゃんの手は私の頭部に移り、頬から耳にかけての部分をぎゅっと掴まれた。

「編子」

低い声は、まだ怒気をはらんでいる。びくりと怯えて体を震わせると、くつくつと聞いたことがないような声で笑った。それも、楽しそうに。

「ぃゃ…いやぁっ…」

音もなく、私の目尻から雫が流れ出した。いったん流れ出せばもうそれは止まることがなく、あっという間に視界の翔ちゃんは霞んでゆく。
それは意味のない行動ではなかった。翔ちゃんの動きは固まり、驚いたような声を上げる。

「…編子」
「っ…こわい、よ…何で、こ…んなこと…っ」

拘束が緩んだ。私は力一杯それをはねのけ、翔ちゃんの下から抜け出す。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を、彼から背けた。

「帰れって、言ったじゃ、んかっ」
「……っ」
「邪魔だって、言ったくせに!意味わか、わかんないっ、わかんないよお…!」
「邪魔、なんて」
「言った!」

ぐい、と自由になった腕で涙を拭う。

「お前がいたら、寝られねえ――っ、て」
「っ、あれは」
「もう、わけ、わかんない…っ」

噛まれた首筋には、痕ができているだろう。俗名『所有痕』――邪魔だと、そう言ったくせに?矛盾しかしていない。
翔ちゃんの腕が再び伸びてきて、手首を捉えられる。「や…っ」「これ」しかしその手付きはさっきよりも遥かに優しかった。私の手は翔ちゃんの胸にぴたりとくっつけられる。

とく、とく。

心臓のリズムが伝わってきた。

「さっきは、ごめん」
「…どっち」
「どっちも。帰れなんて、言っちまった…けど、」

とく、とく、とく。

リズムが、ほんの少しずつ、速まっている?

「お前ならわかるだろ。今俺の心臓、すっげー速くなっていってる」
「…だから?」
「好きだ」

あまりにもあっさり告げられたその言葉は、私に理解をもたらすまでに時間がかかった。
そのタイムラグを利用して、翔ちゃんは私をぎゅっと抱きしめた。もう荒っぽさはどこにもない。さっきのレンみたいに、翔ちゃんの香りが漂ってくる。あったかい。そして――どきどき、する。

「好きだ、編子」

もう一度繰り返された一言は、ぐちゃぐちゃにほつれていた心を見る間にときほぐしていく。

「お前がいたら、すっげーどきどきして、寝られなくなる」
「…え」
「お前が俺じゃなくってほかの男といるの見たら、すげー嫉妬しちまう」

翔ちゃん。小さく呼べば、彼は親指でそっと私の涙の痕を拭った。
眉尻を下げ、切なく笑っている。

「本当はさ、あんまり言いたくなかった」
「なんで」
「…答え聞くのが怖かったんだよ。俺よりかっこいいヤツ、たくさんいるし。それに――」
「…ばか」

夢じゃ、ないよね。
翔ちゃんの言葉が、そっと私の心を包み込む。
なんて単純なんだろう。
『怒り』も『恐怖』もすっかり消えてなくなり――ただ、『歓喜』のみがわき上がってくる。
翔ちゃんの服の裾を掴み、私も体を押しつけた。

「好き、好きだよ翔ちゃん」
「編子」
「ごめん、ね」
「俺も、ごめん」

そっと顔を見合わせ、照れくさそうに笑いあう。

『歓喜』――そして、『幸福』。

どちらからともなく自然に目を閉じて、私たちはお互いに呼吸を止めた。


『お昼寝騒動』

後日、レンによってそう名付けられたこの話は、私たちの知らないところで吹聴されることになる。


――――――――――――――

アンケリク『喧嘩→レンとぷち浮気作戦→翔嫉妬編子泣く→甘』でした。
書いてるうちにぷち浮気作戦じゃなくなりましたけどね…。
しかもこんなに長くなっちゃったという。これのせいで『Series』を開設せざるを得なくなりました。
そしてタイトルが思いつかなかったです。

アンケリク、ありがとうございました!

2011.11.20






bkm



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