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(中)
「ね、どー思う!?」
「それは…大変だったね」
一階部分の小さなカフェで、私はレンにむかってさっきの出来事を語っていた。
「帰れ、よ?私は翔ちゃんを心配してたっていうのに!」
「そうだね」
卒業してから一層大人びたレンは優雅にコーヒーを飲んで、相づちを打った。
そんな彼の態度のおかげか、大分気持ちも落ち着いてきた。
「そりゃ、疲れてんのはわかるんだけどさ…」
「レディは、おチビちゃんのこと」
「…好きだよ。だから余計に悔しいの」
翔ちゃんがどう思っているかはわからない。だって同期生たちの中には、春ちゃんというアイドルじゃないけどアイドル、むしろ女神とさえ言ってもよい可愛い可愛い友達がいるから。
いや、まあ、常識的に考えて、私より春ちゃんを選ぶよね。私が男ならそうするわ。
…翔ちゃんは、もし部屋を訪れたのが春ちゃんなら、追い返しはしなかったんじゃないかな。
怒りが、だんだんと悲しみに変換されていく。
所詮は片思いで終わると思ってたけど、まさかこんなところで、こんなにあっけなく。
レンが手を伸ばして頭を撫でてくれる。翔ちゃんよりも大きな手のひらは、温かい。
軟派なヤツだとばかり思ってたけど、さすがに肝心なところでは優しいよね。
「うう…レンー」
「よしよし」
レンは優しく微笑んだ。蠱惑的な笑みだった。そしてちらりとカフェの外に目をやり、「レディ、」と呟いて私の隣の席に移ってきた。
「えっ」
「俺に任せて」
なに、と声をあげる暇もなく、私はレンに抱き締められた。ふわりと香るレンの匂いは、経験したことがないほどに強い。
そしてそれとほぼ同時にだんだんと足音が聞こえ、
「何やってんだよっ!」
レンのせいで何も見えないけど、その声は紛れもなく翔ちゃんだった。
私が声を出そうとするといっそう強く顔を押しつけられ、代わりにレンが口を開いた。
「何って、レディといちゃついているだけだよ」
「誰の許可貰って、編子と…」
「おやおや、レディはおチビちゃんのものじゃないだろう?」
フリーの女の子を口説くのに、許可なんて必要ないよ。
レンの言葉に、翔ちゃんの声はますます苛立ちを帯びる。
「…っ、離せよ」
「嫌だね」
「離せって!」
「誰かのせいで傷ついた彼女を慰めてるんだ、離す道理は無い」
「…レン…!」
ぎり、と翔ちゃんが歯を軋ませるのが聞こえた。
そして。
「離せって言ってんだろ!」
「おっと、」
背中に回されていた腕が解かれ、感じた温かみが離れていった。クリアになった視界には、レンを力付くで引き離した翔ちゃんの姿。さっき寝ようとしていたそのままの格好だけど、表情は怒り。
ひっ、と私は少しだけ後ずさった。
「来い」
「い…や」
「いいから、来い!」
こんな翔ちゃん、見たことないよ。
私はそれでも抵抗しようとしたけど力でかなうはずもなく、引っ張られながらレンに視線をやる。
彼はやっぱり、笑っていた。
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2011.11.20
bkm
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