★
(上)
「しょーちゃんの馬鹿っ!!」
私は立ち上がり、クッションを翔ちゃんに投げつける。
完全な不意打ちとなったそれは、ばこんと彼の顔面にヒットした。
「いっ…」
続けざまにもう一つ。今度はさすがに受け止められ、翔ちゃんは困惑の表情を見せた。私がどうして怒っているのかがわからない、という顔だ。
「編子」
「もういい!翔ちゃんなんか知らないもん!!」
翔ちゃんのドチビかわいい担当っ!!と叫んで、足音も荒々しく私は翔ちゃんの部屋から出て行こうとした。
「編子!」
とっさに腕を引かれるけど、思い切り睨んでやればすぐにひるむ。
「どうぞごゆっくりしてくださいねーっだ!!」
乱暴に腕を振り切って、私は玄関から外に出る。そしてそのまま一目散にエレベーターに乗り込んだ。
一人しかいない空間の中、エレベーターが稼働する音だけが響く。
何よ何よ、翔ちゃんの馬鹿。ばかばかばかっ。
『疲れてるんだよ』
久しぶりに寮に戻ってきた翔ちゃんにご飯を作ってあげようと意気込んで行くと、そんな冷たい言葉で拒絶された。
『飯?あー、収録でいっぱい食ったし、いらねえ』
玄関からリビングに入ると、翔ちゃんンはぐったりとソファに身を横たえ、帽子もヘアピンも机の上に置かれていた。今にも寝る気マンマンといった感じ。
『あ、でもほら、もう買ってきちゃったし』
『いらねえっての。食欲無いんだよ』
そこまではまだよかった。疲れ切った姿を見て多少なりとも憐憫の情がわいてきていたし、仕方ないな、とも思えていた。
『じゃあ、冷蔵庫に入れとくね』
『おー』
声からして、もう今にも意識が飛びそうという感じ。手早く袋から食材を冷蔵庫に詰めていく。中身はほとんど空っぽで、あまり使われることのない冷蔵庫が寂しそうにうなりをあげていた。
ひとしきり詰め終えた後、私は翔ちゃんのいる部屋に戻って、ソファの前に座った。もし翔ちゃんが寝てしまうようなら、起きた後のご飯がない。ならば起きるまでここで待って、作ってあげようと思ったのだ。
すると翔ちゃんは気怠そうに体を持ち上げ、『なにやってんだよ』という目でこちらを見た。
『帰らねえの?』
『え?』
そんなつもりはさらさらなかった私は、間抜けな声を上げる。
がしがしときれいな金髪を掻いて、翔ちゃんはその一言を放った。
『お前がいると寝れねえんだよ。帰れ』
「っーああもうっ!!翔ちゃんのばかやろー!!!」
思い出すだけでむかむかとしてきた。帰れって、帰れって何よ!!
ふつふつと怒りをたぎらせる中、ちんと軽い音がしてエレベーターが開いた。一階にたどり着いたのだ。
もういい。翔ちゃんなんてもう知らない。ええ、言われたとおりに帰りますとも!!
「ふぎゃっ」
「おっと失礼」
エレベーターホールを出ようとしたところで、誰かにぶつかった。見上げるまでもなく、それが誰かは声ですぐにわかった。
「おや、小さなレディじゃないか。どうしたんだい?」
「レン」
いつもと変わらない胡散臭い笑顔でレンが立っていたので、これ幸いとばかりに私は不満をぶちまけた。
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2011.11.20
bkm
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