プロジェクト | ナノ



あーもう最悪だ。気分が悪い。
俺はなるべくそっちの光景を見ないように、ガラス越しに街行く人々を眺めていた。
だけど、たとえ目を背けていたとしても、耳は否応なくそっちの音を拾ってきてしまう。

「名前ちゃん、これはどう?」
「んー、美味しい!さすがはるちゃん!」
「これも美味いぞ」
「あう〜、ほんのり苦くてやっぱり甘くて、美味しい〜」

わいわいと楽しそうな名前の声が恨めしい。俺はため息をついて、手元のケーキを少し口に運んだ。

俺たちはあるケーキショップに来ていた。何周年だか知らないが、ケーキバイキングのフェアが開催されている場所で、店内には大勢の客が甘いケーキを堪能していた。
そんなたくさんいる客たちの中でも、俺たちのグループは余計に目立っていた。そもそもアイドル候補生が多いため、容姿は抜群に目立つ。レンなんかさっそく女性客に流し目を送っていやがる。訓練しているだけあって、声もよく通るし。
だけど何より目立つのは、名前の食べっぷりとその幸せそうな表情だ。甘いものが何より大好きな彼女のそんな顔は、見る人みんなの心まで満たしてくれる。だから七海や音也たちも、自分が食べるよりむしろ名前にケーキを食わせることを楽しんでいるようだ。

(…くそ)

しかし、俺は楽しくなんかない。ちらりと名前に目をやると、相も変わらず嬉しそうにケーキを頬張っている。目が合う前にさっと視線を逸らした。

俺は名前に誘われただけなんだ。みんなで来たいわけじゃなかった。
何度繰り返したかもしれないその言葉を、胸の中でつぶやく。

『翔くん、今度ケーキバイキングがあるんだけど、一緒に行ってくれないかなっ』

その言葉に内心大喜びしていた自分は本当に馬鹿だ。でも、好きな奴にそんなデートみたいな約束をされて、嬉しくない奴なんていないだろ?

俺はずっと、ずっと、学園時代から名前のことが好きで、でも恋愛禁止令のせいでそれを伝えることができなくて。卒業してからだって、作曲家へ向けてひたすらに突き進む彼女を見ていたら、『好きだ』なんて告げることはできなかった。
いつ叶うかも、そもそも叶うかどうかすらわからない恋心を抱く俺としては、その約束をデートだと信じてやまなかった。
集合場所に着くまでは。
ずらりと勢ぞろいした懐かしいメンバーに、思わず膝が折れそうになったものだ。
そして今、名前は俺をそっちのけで他の奴らといちゃいちゃと笑い合っていやがる。

くそ、わかってたはずなのに。
名前は俺を特別視しているわけじゃない、と。単なる友達の一人だとしか見ていないんだ、と。
けど、特別に見てもらいたいと思うことは、仕方がないだろ。
好き、なんだから。

「あれえ、ニックちゃん、ほっぺたにクリームさんがついてますよ〜」
「え、ほんと?」
「ほんとだ。取ってあげるから、こっち向きなよ」

音也の声になんとなく危機感を覚えた俺は、急いで名前の方を振り向いた。
見たくもない光景がそこにあった。
音也が名前の頬に手を当てて、そっと唇の端についたクリームを親指で拭い取っていた。
ただそれだけのこと。
しかし俺の視点から見れば、それはまるで、キス、しているみたいで。

「……っ」

その瞬間、俺は立ち上がっていた。がたんという椅子の音にみんなが驚いたような顔で見てくる。頭がぐらぐらと揺れていた。いや、揺れている感覚がしているだけか。名前の顔なんて見なかった。見たくなんてなかった。

「…俺、先帰るわ」

やっとのことで絞り出した声は、自分のものじゃないと思うくらいに低かった。そのまま財布をポケットに突っ込み、足早にケーキショップを後にする。振り向くことはしなかった。気分が悪い。きっとケーキが甘すぎたせいだと思い込みたかったけど、無理だった。だって原因は、あんなにはっきりしていたのだから。

好きな奴一人振り向かせられないくせに、みんなに認められるようなアイドルになりたいなんて。
自分でも笑ってしまうくらいの戯言だ。

「あー…」

声を漏らしながら、今日何度目かもわからないため息をついた。まっすぐ事務所に帰る気もせず、あてもなくふらふらと歩みを進める。
雰囲気を悪くしてしまっただろう。みんなアイドル・作曲家修行にいそしみ、日々大変なはずだ。だからこそ、つかの間の休息ということで今日は楽しく騒いでいたのに。

さまよい歩いているうちに、川べりに出た。河川敷にある小さなベンチに腰を下ろし、少しぼーっと空を見上げてみる。曇りだった。晴れでもなく、雨が降りそうでもなく、ただ雲が空を覆っていた。そんなものだ。空だって、人の心だって。
どうすっかなあ、と背もたれに背中を預け、少し寝てやろうかと帽子を外し、顔の上に乗せた。
日が落ちる前には目が覚めるだろう。
そう思って目を閉じる。――しかし、すぐに帽子が顔の上からなくなったのが感じられた。

「翔くん、どうしたの」

息を切らせながら俺を覗き込んできたのは、紛れもなく名前だった。

「…名前」
「何でいきなり出ていくの。みんなびっくりしてたよ」

追ってきてくれたのか、と心に少し晴れ間が生まれたような気がしたが、「みんな」という言葉にすぐ暗い気持ちになった。
名前はきっと、みんなの代表として追ってきてくれたんだ。そんなネガティブな思考さえぽんと出てくる。

「関係ねーよ。ほっといてくれ」
「何」
「楽しくケーキ食ってたんだろ。俺なんかに構ってないで、戻れよ」

取り上げられたままの帽子を取り戻そうと手を伸ばすが、名前はそれをさらに高いところまで上げる。
その行為に苛立ちが込み上げてきた。少し声を荒げて名前をにらみつける。

「俺といるよりあいつらといる方が楽しいんだろ。だったら戻ればいいじゃねえかっ」
「ばかーーーっ!!」

俺が言い終わるか終らないかのタイミングで、名前がそう叫びながら振り上げていた手を思いっきり振り下ろしてきた。驚いた俺は反射的に手をあげて細い腕を掴み、止める。「何すんだよ」という言葉は声にならなかった。名前の表情が、怒っているような、悲しんでいるような、そんな複雑なものだったから。

「あたしはっ!!」

掴んでいた俺の腕を振り払い、代わって名前の手が俺の両肩に伸びる。

「ほんとは、翔くんと二人で行きたかったの!」
「……え」

心臓がひっくり返ると思うほどの衝撃を受けた。名前の顔は、いたって本気だ。「で、でも」と言おうとする俺を遮って、さらに続ける。

「でもも何もなーいっ!あたしは二人っきりでケーキ食べたかったのに、ともちゃんたちにばれちゃって、いっぱいいたのは、ちょー不本意なことなんだからっ!!」

それだけまくしたてた後、ぎゅっと名前は口を結んで、俺と目を合わせる。俺は何も言えなかった。そのまま数秒視線を交わしあった後、名前の眉がハの字に下がる。俺の肩から手が離され、一歩、後ろへ下がった。

「だけどケーキが美味しすぎて、全然翔くんと話せなくて。そしたら翔くん怒って出て行って、…明らかにあたしのせい、だよね。ごめんなさい」

さっきまでの剣幕とは打って変ったようにしゅんと項垂れて謝る名前の言葉は、間違いなく本物だった。
静かな空気が流れる中、俺はぽつりと言葉をもらす。

「…二人で、ってのは、俺と名前、だよな」
「ん…うん」
「そっか」

名前は、好きであいつらを連れてきたわけじゃなかったんだ。
もちろんあいつらといるのも楽しいと思っているに違いないけど、それよりも、俺と二人でいることを望んでいた――って考えて、いいんだよな。
だとすれば、俺が今まで悩んでいたことは何だったんだ?
『二人で』って言葉だけで、あんなに濃く立ち込めていたもやもやがどんどん消えてゆく。
はあ、とため息をついて、もう一度「そっか」と呟いた。

バカみたいな嫉妬に後悔する。名前に何て言えばいいのかわからなくて、しばらくの間そうやって静かに顔を伏せたままでいた。

「あの、翔くん」
「何だよ」

声がかけられ、すっと目の前に差し出される右手。目を上にあげると、照れたように微笑む名前の顔があった。

「今度こそ、二人で遊びに行こう」
「…そうだな」

その手を握り締めて、俺は立ち上がった。そのままの勢いで少し名前の方に体を寄せ、音也に触れられていた場所を俺の手のひらで拭う。
この行動の意味がわからない名前はちょっと戸惑ったが、手を引いて歩き出せば、嬉しそうな笑顔でついてきた。



ふたり


一人よりも、二人がいい。
三人よりも、二人がいい。
なんて、これじゃただの独占欲かもしれない。
だけど、それで良かった。名前といられるなら、この気持ちにどんな名を付けられたって、構わない。


――――――――――――――

よーうーやーくーできました五万打記念企画小説第一弾、巫女様に捧げます!
「うたプリメンバーといちゃいちゃ→翔切れる→誤解解け、へこむ」というリクエストでしたが、そもそも全てに添えなかった感がばりばりです。というか、添おうとして失敗したというか。タイトルも結局ありきたりというか。
一か月以上お待たせした結果がこれかよ!というツッコミはアリです。でもあまりの罵倒はわたしの心が折れてしまいます。

巫女様、五万打記念フリリク企画にご参加いただき、本当にありがとうございました!

巫女様以外持ち帰り厳禁です。

2012.4.20





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bkm




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